鋼の錬金術師

Greedy Life 4


 ドゴッ!!

 鈍い音を聞いて、カードに興じていた三人はその手を止めた。
「…何事だ?」
「…さあ…?」
 間違いなくグリードとロイがいるはずの部屋から聞こえてきた。
 あの男に限って万一のことなど無いとは思うが、“ありえないなんて事はありえない”。
 様子を見に立ち上がろうとした瞬間、その扉が乱暴に開かれる。
 ずかずかと部屋から出てきたロイは、三人には目もくれずに出口を探して辺りを見遣った。
「あー…、あんた気が付いたんだな。」
 殴った張本人が声を掛けると、ロイはゆっくりと振り返って、
「ええお陰さまで。私の部下も心配しているでしょうから、そろそろお暇させていただきます。」
 敬語と綺麗な微笑みが逆に恐ろしい。

「まあ、待てってロイ。」

「…気安く呼ぶな。」
 悪びれた風もなく現れたグリードをロイは突き刺すように睨み付ける。
 グリードが彼を“ロイ”と呼んだことに三人は色めき立ち、ひそひそ話を始めるが二人の目には入らない。
「悪かったとは思うけどよ。…ああいう場面で顔面に頭突きかましてくるか普通?」
「うるさいっ!私だって痛いんだぞ!!」
 今は後頭部よりも額のほうが痛いロイだった。
「それと、自分で認めた俺への“貸し”はいつ返してくれるんだ?」
「う…。」
 朦朧としていたとは言え、自分の言ったことに今更ながら後悔する。
「さ…さっきの…」
「結局、頭突き食らっただけで何もしてないし。」
「うう…。」


「それに、帰り道分かるのか?」
「………!!!」


 あえて考えないようにしていたが、一番痛いところを突かれてロイは言葉に詰まる。
「…そういえばここはどこだ?……お前の家か?」
「ははは…家っつーか、ねぐらだな。酒場デビルズネスト。」
 にやりと笑って、ロイに問いかける。
「で、どうすんだ?送ってやろーか?」
「一人で帰るに決まっている。これ以上借りを作ってたまるか!」
 毅然と言い踵を返して階段を上がろうとするが、
「それでテキトーに歩き回ってまた“騒動に巻き込まれる”んだろうな。今は昼間の数倍は危険だと思うがなー。」
 グリードの“呟き”に思わず足が止まる。時計を見ると時刻は夕食を摂るにはちょうどいい時間を指していた。
 考えてみれば発火布もまだグリードが持っている。
 ロイは忌々しそうにグリードを振り返った。
「……ホテルの場所、分かるのか?」
「貸し、二つ目な。」
「……。」
 その言葉にロイはがっくりと項垂れる。いっそのこと何も考えずに殴り倒してしまいたい。
 …が、今一人で夜道を歩くことと天秤にかけ、ぐっと堪えた。

「んじゃ、ちょっくら迷子送ってくるわ。」
「はあ…行ってらっしゃい…。」
 項垂れるロイの背中を押すグリードを、すっかり蚊帳の外状態の三人は呆然と見送る。
「迷子と言うなと言っているだろう!!」
「他に何て言えってんだよ。」
 遠ざかる話し声を聞きながら、呟いた。
「あんなに楽しそうなグリードさん、初めて見るわ…。」
「…だな。」


「しっかし、ガキ庇って代わりに殴られるなんざお人好しだな。」
 並んで歩きながら、グリードはロイに話しかける。
 とは言っても、二人の間には微妙な距離があったが。
「…それを言うならお前だって…。」
「俺?」
「自分の身を呈してあの女性をナイフから守ったじゃないか。」
「ああ、マーテルのことか。」
 にやりと、笑みを浮かべる。
「そりゃあ、俺の所有物だ。自分のモン守るのは当たり前だろ。」
 聞き所によっては横暴とも取れる台詞だが、それを言った本人の瞳に曇りは無く。
 ロイは思わず、その横顔に見入った。
「何だよ、そんなに見詰められるとテレるぜ。」
「べ…別に見詰めてなんか…!」
 慌てて目を逸らす。この男といるとペースが狂う。
 何故だろうとロイは首を傾げていた。


 何だかんだ言いながらも、ホテルの見える所までたどり着いた。
「ここだろ?お前が言ってたホテルって。」
「ああ……ありがとう…。」

 ――あー…まずい、ハボック怒っているだろうな…。

「おい。」
 ハボックへの言い訳を考えていると、発火布を返される。
「それとついでだ、土産でも持ってけ。」
 ひょいと投げられたそれは“DEVIL'S NEST”のロゴが入ったマッチ箱だった。
「…これも貸しとか言うのではないだろうな…。」
「土産に貸しも借りもあるかよ。んーでも、そうだな…。」
 何か思い付いたらしく笑みを深くしたグリードは、ロイの顎を掴んで顔を上げさせる。

 掠める様に、その唇が重ねられた。

 唇が離れた数秒間、何が起こったのか理解が遅れたロイは不覚にもグリードと見詰め合う形となる。
「これで貸し一個チャラな。」
「…な……」
「貸しもう一個も気が向いたら返しに来い。じゃあな。」
 グリードはそう言い残して、闇に解けるように去っていった。

 消えた背中をぼんやりと見詰め、立ち尽くす。

 ――………ちょっと待て…。なんで嫌じゃないんだ…!?

 口付けられた唇を指でなぞりながら、一人顔を赤くしていた。


「たぁーいーさぁぁぁあぁ……」
 ホテルのエントランスまでたどり着くと、呪詛のような声が背後から聞こえ、ロイは思わず後ずさった。
「な…何だハボックか。」
「どーこ行ってたんスかーぁ。」
 数時間見ないうちに随分とやつれたように見える。
「あ…ああ、すまんすまん。」

「スマンじゃないっスよ!!どんだけ探したと思ってんですか!!ベッドの下からクローゼットまで探してもいないし!軍に問い合わせるわけにもいかないし!火器を用いたらしい乱闘があったって聞いてもしやと思っても違ったし!!」

 一息にぶちまけて、今度は安心からかがっくりと項垂れる。
「そりゃ…寝ちまった俺も悪いとは思いますよ。でもホント勘弁してくださいよ大佐…。」
 様子からして先程のキスは見られていないようで、そのことにどこかホッとした。
「あー分かった分かった。土産やるから機嫌直せ。」
 グリードから貰ったマッチをハボックに押し付ける。

 ――…どうせ私は使わないし。

「あ、マッチっスか。ちょうどライターガス欠だったんスよ。ありがたく使わせてもら…」


“DEVIL'S NEST”


 ――ああぁあああ…“悪魔の巣”…!!?

 怪しすぎる店名にハボックの顔から血の気が引いていく。

「どうしたハボック?夕食なら私が奢るぞ?」

 のん気な上官の台詞に、もう一度ハボックの何かが切れた。
「あ…アンタいったいどこ行ってたんスかーーーーー!!!!」
 ホテルのロビーに、ハボックの絶叫が響き渡る。
「通行人に迷惑だぞ、ハボック少尉。」
 当の本人は相変わらずマイペースに部下をたしなめていた。



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2005/09/11もうロイが強いんだか乙女なんだか…。

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