“DEVIL'S NEST”と書かれた看板が掛かる酒場。グリードたちが拠点としている店だった。
「それにしても…」
その一室で、マーテル、ドルチェット、ロアの三人はグリードが“拾った”青年を話題にしていた。
「グリードさん、よっぽどあの男が気に入ったのねぇ。確かに綺麗な顔してるけど。」
グリード本人は別室で彼を介抱している。
何が楽しいのか鼻歌混じりにそれはもうノリノリで。
「それもそうなんだけどよ、どうも嗅いだことあるような類の匂いが混じってる気がするんだよなー。どう思うよロア?」
「………。」
煙管をくわえながらロアに意見を求めるが、先程から黙りこくったままだった。
「オイ、何なんだよさっきから。」
ドルチェットに急かされ、マーテルに睨まれてはさすがに居心地が悪く、ようやく重い口を開いた。
「…あの男は、国家錬金術師だ。」
「「……はぁ?」」
二人の怪訝そうな視線を受け、語りだす。
「間違いない。イシュヴァールで見た。ロイ・マスタング。当時は少佐だったが…。」
「え…イシュヴァールってことは、あいつ今幾つなのよ?」
「内乱当時23とのことだから…29だな。」
「マジで?別人じゃねえの?29じゃねーってアレは。」
意外な所に見つかった接点に混乱したのか、微妙に論点がずれていた。
「…って、そんなことより、その錬金術師が何でこんな所にいるんだよ。」
「軍からの追っ手…には見えないわね…。」
話の方向を修正して、三人は顔を突き合わせる。
導き出した結論は…。
「…グリードさんに任せるか…。」
「………?」
ロイがぼんやりと目を開くと、まず何の舗装もされていない無機質な天井が飛び込んできた。
寝かされているのはベッドではなく、感覚からしてソファだろう。
頭の下に何か敷かれている…?――人の、膝…?
「おはよーさん。」
ようやく合ってきた焦点を、声のした上の方へと移動させる。
「いっ…!」
身体を起こそうとすると後頭部に鈍痛が走った。
「おいおい、無茶すんなって。」
そのまま頭を下ろし、寝そべったまま相手を見遣る。
間違いなくロイと対峙したあの男だった。
「……私…は…?」
頭の痛みも手伝って、状況がいまひとつ呑み込めない。
「後ろから殴られて意識飛ばしてたんだよ。」
誰が殴った、とは言わないが。
嘘は吐いていないとグリードは内心舌を出す。
「そう…か。助けられたのか、私は…。」
いい具合に勘違いしてくれたようで、グリードはほくそ笑んだ。
ロイはぼんやりと天井を眺め、グリードはその髪を手櫛で梳いた。
その心地良い律動に、このまま瞳を閉じたくなる。
指先から流れ落ちる髪を何とはなしに見詰めていると、だんだん落ち着きを取り戻してきた。
見知らぬ男と二人きり。
髪を撫でられ、その上何故か膝枕。
この異常事態にロイは頭の痛みも忘れて身構えた。
「そう警戒すんなって。何かする気ならとっくに身包み剥いで倉庫放り込んでるって。ま、あの危ない手袋は俺が預かってるけどな。」
ソファの隅で縮こまるロイに、相手は気さくに話しかけてくる。
さりとて、武器を奪われた上警戒を解くなど無理な話で。
「…何者だ?」
精一杯の虚勢を張って、問いかける。
「俺か?俺はグリードってんだ。」
サングラスを外しながら、自分の名を告げた。
「……で、本名は?」
「だから、“グリード”だっての。」
軽くずっこけながらもグリードはもう一度名乗る。
ロイは猜疑心丸出しの目でグリードを睨み付けた。
「それは通称というか、あだ名だろう。“強欲”なんて名付ける親がどこにいる。」
「俺はウソをつかねぇのを信条にしてるワケよ。」
肩を竦めながらグリードは続けた。
「正真正銘、“親”からもらった名前だよ。」
「…強欲ねぇ…。」
ロイは渋々自分を納得させる。名前など議論していても仕方が無い。
「で、俺は名乗ったぜ?そっちも名乗るのが筋ってもんだろ。」
グリードの言い分は正しいが、もしもこの男が敵方なら名乗ってやる義理は無い。
「…ロイ。」
「おお。呼びやすくていい名前じゃねーか。」
義理はない。はずなのだが、何故かそこまで頭が回らなかった。
「それでロイさんよ。何でまたこんな辺鄙なトコにいたんだ?この辺は身なりと顔がいいと危ないぜ?男女問わずな。」
その質問にロイは態とらしいくらいに目を逸らした。
「観光にしたって趣味悪ィ。」
「いや…観光ではなくてだな…。」
ニヤニヤ意地悪な笑みを浮かべながら、深く聞き出そうと更に問いかける。
何となく事情は察しているグリードだが、ロイの反応を見て楽しんでいた。
「じゃあ、仕事でか?」
「…まあ、ダブリスには仕事で…。その…だな、本屋を探していて…」
「成程。それで迷子になった、と。」
合点がいったというように真面目な顔で手を打った。
「違…ッ!!ただ騒動に巻き込まれただけだ!断じて迷子などではない!!」
「がっははははは!!」
真剣に反論してくるロイに、グリードは腹を抱えて笑う。
何故初対面の相手にこんなに笑われなければならないのかと、ロイは頬を膨らませてそっぽを向いた。
「笑うな!何で貴様にこんなことを喋らねばならんのだ!…こんな奴に貸しは作るし…。」
「いやー…、俺マジにあんたのこと好きだわ。」
ぶつぶつと文句をたれるロイに、今だにくつくつ笑いながらそんなことを口走る。
「は?何を言って…」
ぎし…とソファが偏った重みを受け、軋む。
先程まで横たえられていたソファに、今度は押し倒される。
「――な…に…?」
「こういうこと、だ。」
突然のことに、圧し掛かってくる身体を押し返すこともできず。
「あんたが、欲しい。」
自分だけを見詰める瞳には、男の欲が爛々と宿っている。
赤紫の瞳に飲み込まれるような気がして、ロイは思わず息を呑んだ。
その瞳が、ゆっくりとロイへ近付いていった。
2005/09/04ようやく自己紹介終了…。