冷血な美貌。意志強く引き結ばれた薄い唇。
重ねたそこは彼の低い体温同様、冷たかった。
金色の瞳が戸惑うように細められる。けれどそれ以上の動きは見せず、殺生丸は弥勒のするに任せたまま、文字通り目の前の彼をじっと見詰めていた。
拒む素振りがないのを見て取って、わずかに緩んだ隙間から舌を差し入れる。
「…っ…」
息を呑んで舌が奥に逃げたのが唇越しに伝わって、追い詰めるようにゆっくりとそれを追った。
冷たい唇に反してその内は温かくて、柔らかだった。
逃げる舌を捕まえて、からめて、吸い上げて……。
いつの間にか、夢中になって深く口付けていた。
「…ん……んんっ、法…師っ!」
されるままだった殺生丸が初めて抗う素振りを示し、弥勒の肩を押し返す。口元を手で覆いながら荒い息を整え、弥勒を睨めつけた。
そんな姿も様になるとどこか思いながら面食らう弥勒に、殺生丸が口を開く。
「貴様…私を殺す気か?」
返答しだいでは命を取られそうな声音だが、弥勒は臆すこともなく、殺生丸の顔を覗き込んだ。
「どこか痛かったのですか?歯をぶつけたり舌を噛んだりはしなかったはずですが…。ちと強く吸いすぎましたか?」
一生の不覚とばかりにおろおろと慌てる弥勒に、殺生丸は不審の目を向けた。
「私を窒息させるつもりだったのだろう?」
思いがけない一言に、弥勒の動きがぴたりと止まる。
聞き違えたわけではないし、彼は冗談を言うような性格でもない。
「ええと…わたしは事前に口吸いの許可を得たはずですが…。」
なのに何故そんな物騒なことになるのか分からない。
確認をとってみると、
「呼吸を止めようとしただろう。」
そんな簡潔で色気のない答えが返ってきて、そこが殺生丸らしいとはいえやはり少し泣きたくなる。
「殺殿、口吸いがどんなものかご存知で?」
「相手と口唇を合わせることではないのか。」
念のため聞いてみると、馬鹿にするなという面持ちで返された。
確かに殺生丸の言うとおりであるのだが、ここはやはり忍ぶ仲とはいえ恋人同士。そんな飯事のような口付けだけで離れたくないというもの。
少なくとも、弥勒はそう思うのだが。…まさか、とも思う。
「…不躾なことをお聞きしますが、これまでに誰某と交わったことは…。」
手討ち覚悟で問うてみると、わずかに眉間にしわが寄って。どこか落ち着かない素振りで目を泳がせた。
その彼らしからぬ仕草に、答えの予測がついて…。
「………ない。」
己の技に研きをかけること数百年。強さのみを求めてきた彼は、それ以外の知識を最低限のことしか持ち合わせていないらしい。
この際、その“最低限”のことを知っているのかさえ疑わしいところだ。
予想通りの回答に、少しだけ嬉しくなる反面、いくばくかの罪悪感が交錯する。
「…他の者にこのような興味を持ったのは、お前が初めてだ。」
真っ直ぐに見詰めてくる瞳。紅い隈取の白い頬が、ほのかに染まって見えるのは惚れた者の自惚れか。
その一言に、弥勒の抱えたもやもやが、すっきりと晴れた気がした。
「知らないというのであれば、これから知れば良いのですよ。」
殺生丸の頬に一筋垂れた銀糸を鬢に撫で付けて、自分よりも少しだけ高い位置にある瞳に微笑みかけた。
「そうですなぁ、先程の口付けは唇を合わせるだけよりも深い情を示すもので…」
さすがに“前戯のようなもの”と言うのは憚られて飲み込んで。
「好き合う者同士、こうしてお互いの情を確かめ合うのです。」
「…好き合う…」
「ええ。わたしと、殺殿のことですよ。」
小さな顔を両の手で包み込んで。
弥勒はほんの少し首を伸ばして殺生丸に口付けた。
2006/08/27