MISTEL

石切り職人の初仕事、少年の旅立ち


 親父がようやく俺に店をまかせて引退した。
 30にしてようやく一人前認定をもらったわけだが、これが遅いのか早いのかよくわからん。
 5年前に結婚して息子もいる。
 もてない冴えないのないないずくしだと思っていた俺だが、幸運の女神ってのは意外と近くにいたんだな。
 どういうわけだか俺の隣の家にいた。
 子供のころの俺に今の状況を話したら「そんなわけあるか」って大笑いするだろうよ。
 まあ、それはともかく。
 アロンと知り合ってから10年経つわけだが、一回り年が離れているそいつと月一程度ではあるが交流が続いていた。
 兄弟のようなというよりも、友人関係と言うほうがしっくりくるのが自分でも不思議だ。
 バカやって騒ぐだけが友達じゃないってことか。馬鹿騒ぎは大好きだが。

 俺が店をまかされて初めての客があいつだった。
「墓標を作ってもらいたいんです。 ちょっとやそっとじゃ壊れないような、丈夫な石のお墓を」
 珍しいことにアロンが工房の方に顔を出して、俺に依頼してきた。
 俺自身が受けた初めての仕事。もちろんその墓石の依頼を受けた。
 金も受け取った。こいつがチビのころからコツコツ貯めた小遣いだ。
 孤児院から出た分と、子供ができる程度の下働きで稼いだ賃金。
 孤児院には預かった子供を虐待するような外道なところもあると聞いたが、
 アロンのいる施設はシティ直轄ってこともあって、善良な教会だった。
 足りない分の出世払いは御愛嬌だ。
 アロンは予算の範囲内でいいって言ったが、ダチなんだからそれくらいの融通はきかせるさ。

 前の板っきれの墓標は……結局壊された。
 アロンとは墓の方で会うことが多いんだが、ある日行ってみると真っ二つになっていた。
 廃材と言えど割と丈夫な木材だったのもあってしばらくは手出しをされなかったんだが。
 引き倒されて、斧かなにかで叩き割られたらしい。
 それを見たときは自分の創作物を壊されたことへの怒りというより、悲しみのほうが勝っていた。
 同時に、道具まで持ち出すとは暇なガキどもだと、そいつらが哀れにもなった。
「ま、何度だって作るさ。」
 俺はそう言ったが、アロンは「いつかちゃんと依頼に行く」の一点張りだった。
 子供の言うセリフじゃねえだろ、それ。
 結局、折れた個所を継ぎ合わせて直しただけだった。
 幾分背が縮んだが、前の出来が出来だけにそう変わらん。
 その後は悪童どもも飽きたのか、ちょっかいを出してくることもなくなった。
 というか、時が経つにつれて、獣人の王女の話は話題にならなくなっていった。
 むしろ皆して忘れようとしていた。
 獣人の報復の噂もあったし、死体消失の気味の悪い噂も飛び交ったしな。


 “名もなき王女の墓”
 その下段の空白は、いつか本当の名前を刻むためのもの。
 色白で丈夫な石を使った重厚な作りの力作だ。
 ついでに石畳が割れて地べたがむき出しだったところの修復もした。
 遺跡の隅のほうの無事だった板石をもってきただけだけどな。とにかく、これで掘り返されることもない。
「これなら、ハンマーでもないと壊せませんね」
 アロンが出来上がった墓標を見て冗談めかして言う。
「ああ、ここまでハンマーを担いでくるのは骨が折れるだろうな。」
 近頃モンスターの目撃情報が出てきたってのも本当だったしな。
 ここに来る途中に出くわしちまった。今のところはレベルの低いやつばっかりみたいだが。
 それより驚いたのはアロンが魔法を使って追っ払ったことだ。
 いつの間に魔法なんて覚えたんだか。
「自然に覚えたんですよ。」
 そんなわけあるか。魔法ってのはモンスターとかが落とす何かのアイテムを使って……
 うーん……俺も詳しくはないからよく分からんな。

 俺がわかりもしない魔法に首をひねっている間、アロンは黙祷を捧げていた。
「旅に出ようと思っているんです。」
 黙祷を終え、顔を上げると、誰かに似た眼差しで言う。
「王女の名を探しに。 そして、人間と獣人が共に歩める世界を模索するために。」
 ……ああ、そうか。
「お前は、あの王女に似てるんだな。」
 アロンが不思議そうに見上げてくる。
「あの王女も、人間と獣人の諍いを嘆いていた。」
 10年も前の記憶。
 あの場を追い出されていたアロンに、王女の最期の言葉を伝える。
 小さな希望を見つけて、微笑んだことも。
「同じなんだ……あの人と僕の望む世界が……。」
 新たな決意を刻みこむように胸に手を当てる。
 決めたんだろう。自分もまた礎になることを。
 礎ってのは頭上の重みに耐えなきゃならん。砕けちゃならない存在だ。
「お前の旅は、墓をぶっ壊されるよりも辛いことだらけだと思うぞ。」
「覚悟の上です。 それに今更何を言われても平気ですよ。慣れてますから」
 さもありなん。
 良い言い方をして“獣人の肩を持つ変わり者”だもんな、お前は。
 礎がなくても、最低限でいいなら家は建てられる。
 けど、頑丈な家を建てるならしっかりとした基礎が必要だ。
 それに礎が強固であれば、その家は長く長くたっていられるんだ。
 ……俺もすっかり大工だな。いや、本業は石工だが。

「だけど……やっぱりお墓を壊されてしまうのは辛いです。」
 もうわざわざここまで壊しにくるような酔狂はいないだろうけどな。
 ある意味でこれからはモンスターが守ってくれる。
 あいつらは一度住み着くとなかなか駆逐できないからな。
 何かの虫みたいに1匹見かけたら10匹はいる証拠だし。
 ……そうは言っても、だ。
「この墓は誰にも手出しはさせねえよ。」
 こっち見んな。そういう真っ直ぐな目は苦手なんだよ。そこ、目を輝かせるな。
 そういう意味じゃねえんだ。獣人がどうとかいうのは興味ないんだから。
 俺は自分が作ったものを壊されるのが嫌なだけで……。
 ったく……自分のつむじまがりな性格が嫌になるな。
 アロンは孤児院を出なきゃならない年だ。
 それに合わせての旅立ちなんだろうが、多分、こいつの門出は祝福されるものではないだろう。
 施設の連中もいい厄介払いくらいにしか思っていないかもしれない。
「……お前の望みが叶うといいんだがな。」
 だから友人が祈ってやらないでどうするんだ。
「ありがとう……ございます。」
 アロンは泣きそうな顔で微笑んで、だけどやっぱり泣かなかった。


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2009/02/07

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