MISTEL

石切り見習いと少年


 “泣き虫小僧”
 それがあいつに対する印象だった。
 それが当たっているのかはわからない。
 俺はあいつが泣いているのを、まだ一度しか見たことがないから。


 家を継ぐのが嫌で遊び呆けていた俺だったが、金もなければ学もない。
 だからと言って兵士になるのはまっぴらだ。
 そんないい加減な理由で、うだうだ言いながらも俺は親父の下で見習いを始めた。
 典型的な放蕩息子だったもんだから、その気恥ずかしさも手伝って、職人気質な親父とよく衝突した。
 そんな時はぶらりとラデスへ足を向けた。
 後にモンスターの住み着く危険地帯になってしまうが、そんなのは本当にずっと後のことだ。
 戦場跡のそこは閑散としていた。
 見回りの兵士や、度胸試しの子供や若者が冷やかしにくる他は人気がなく、一人になるにはもってこいだった。
 だからガキの声が聞こえてきた時は、気が立っていたこともあって舌打ちをくれた。
 子供が全部で4人。
 帰ろうと思ったが、子供の甲高い声の中に聞き覚えのあるものが混じっていて、足を止めた。
 ガキどもの声はなぜか俺を不快にさせていたが、その理由がわかった。
 初めは肝試しで騒いでいると思っていたが……これはいじめだ。3対1の弱い者いじめ。
 「やめて!」
 そう叫ぶ見覚えのある子どもを羽交い締めにして、もう二人が足元の地面を踏みにじっている。
 やがて幼い嗜虐心が満たされたのか、三人はつるんで去っていった。
 止めもせずに終わってから見に行くのだから、俺は相当いやな大人だと思う。
 てっきり埋めておいた宝物でも掘り返されたんだろうと思ったんだが……。


 折れた枝切れの十字架。
 手を真っ黒にして埋め戻す土に交じった、白い欠片。
 俺は聞いた。
「何の墓だ?」
「……僕をたすけてくれた、やさしいおねえちゃん」
 ああ、そうだ、処刑場に闖入してきたあの時の子供だ。
 ということは、この骨は……それに助けてくれたとはどういうことだろう?
 獣人の王女の首はさっさとセンターへ送られたが、体は処分もかねて見せしめのために広場へ運ばれ、火をかけられたそうだ。
 俺は絞首台の解体が終わるとさっさと家に帰ったから見ていない。
 嘘か真か、火をかけられた骸は獣人の魔力の影響からか、一晩中燃え続けたという。
 骨はみな燃え尽きたと聞いていたが、どういう経緯か、焼け残ったのを持ち出したらしい。
「おじちゃんも、おはかをこわすの…?」
「……いや…」
 むしろ逆だ。
 うちは大工のような仕事も請け負うが、本業は石切りだ。墓石だって作る。
 それより「おじちゃん」て……不精ひげくらい剃るか……。
 そいつは、ホッとしたように埋め戻した土を固めていた。

 “泣き虫小僧” それがこいつの第一印象だったはずだ。
「お前は泣かないんだな。」
 砂遊びで作ったトンネルを崩されて泣くような年頃だってのに。
 ちなみに一般論であって断じて俺の実体験ではない。
「やくそく、だから。」
 誰との、なんて野暮なことを聞かなくてもわかる。
 獣人の魔法にかかっているわけでもないんだろう。
 あれから時間が経っているし、とてもそんな風には見えない。
 それにそんなに強い魔法を使えるなら、そもそも捕まりはしないだろう。
「おはか…またつくらなきゃ。」
 折れた十字架を拾い上げて、そいつは泣きそうなツラで言った。


 次の日、俺は親父と口げんかをしなかった。
 それでも俺はぶらりと……いや、まっすぐにあの場所へ向かった。
 そこにはもうあいつが待っていた。
 まあ、俺が「明日昼飯食ったらまた来い」って言ったからだけどな。
 そしてそいつ――アロンは俺の手土産に目をしばたかせていた。
 板切れで作った十字架の墓標。
 廃材で作ったもんだし、つや出しのニスもくすねられなかったが、表面はヤスリでなめらかに磨いてある。
 角には見様見真似で簡単な細工もほどこした。
「モノがちゃっちいから舐められるんだ。」
 思い出してみれば、ひねくれる前は俺も親父の工房で親父を真似て遊んでいたんだ。
 本当は石でどかんと重厚なやつを置けばだれも手出しはしなくなるんだろうがな。
 あいにくまだ一人じゃノミで一削りもさせてもらえねぇ。
 墓に十字架を突き刺して固定してやると、アロンはぽかんとして俺と墓を交互にみた。
「でも僕、お金ないよ。」
 子供らしからぬ心配をする。
「こんなんで金取ったら親父にどやされる」
 冗談めかして…というか事実だが、言ってやるとアロンはようやく年相応に無邪気な笑顔を見せた。

 ……今更だけど、なにやってんだろうな、俺は。
 同情かと問われれば、その通りだと答えるしかない。
 親を亡くしたってのは昨日聞いた。今は孤児院で世話になっていることも。
 それに、アロンはあの戦争で上の大人たちが隠した事実を知ってしまっているんだ。
 あの獣人の王女のこと。世間で言われているのとこの子が話すのでは印象がだいぶ違う。
 そのせいで彼は孤立している。知らなければこんな辛い思いをしなくて済むのに。
 いや、知っていても大人に合わせてしまえばいいのに。
 辛気臭い顔をするこの子供に苛立ちを感じたんだ。子供なんだからバカやって笑ってりゃいいのに。
 こいつはどうしたら笑うんだろうと考えた。俺は何をしてやれるだろうかと。
 ああ、そうだ。
 俺は初めて誰かのために何かを作りたいと思ったんだ。
 ……うわ、こっ恥ずかしい。

「おじちゃん」
 気がつくと墓に供える花を摘みにいっていたアロンが戻ってきていた。
「ありがとう」
 顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。
 こりゃ初恋の女の子に告白したとき以上だ。そん時はもちろん振られたがな。
「お…おじちゃんじゃねえ、お兄さんだろうが! 見ろ、ヒゲだって剃っていい男だろうが」
 アロンは俺の照れ隠しにきょとんと眼を丸くして、
「ありがとう、おにいちゃん」
 律儀に言い直してくれた。
「お……おう。」
 ものすごく照れくさい。……が、それはつまり俺自身が嬉しいってことなんだろうな。
 心底嬉しそうに笑うアロンをみていると、この陰気で地味な仕事も悪くないんじゃないか。
 ぐうたらな俺が、頭の端っこでそんなことを考えた。


石切り職人の初仕事、少年の旅立ち→



2009/01/24

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