“獣人の王女”の処刑台を組んだのは俺だった。
家は先祖代々石切りを生業にしていたが、俺は仕事もせずに毎日ブラブラしていた。
俺が親父からその仕事を引き受けたのは、悪趣味にも人が死ぬところを見てみたいという野次馬根性だった。
先の戦争では、ここぞとばかりに職人の息子であることを理由に徴兵を回避していたし、若気の至りとでも言うのかもしれない。
すっかり組み立ててしまい、その頃には観衆も集い始めて、処刑場内はこれ以上ないくらいの熱気に包まれていた。
獣人の王女が引き立てられてくると、それは最高潮を迎えた。それを俺は端っこのほうで見ていた。
人々が獣人を殺せとはやし立てる。
そんな中、その瞬間が近づくにつれて俺は怖気づいた。
自分の作ったもので誰かが死ぬ。
たとえそれが獣人だとしても、いい気分じゃない。
俺がこの仕事を引き受けると言ったとき、親父が渋ったのも今ならなんとなく理解できる。
俺は戦には出てないし、家族や友人が獣人に殺されたわけでもない。
獣人になんか興味はなかった。ラデスに住んでる別の種族ってだけで元々人間とは交流もなかったし。
そもそもどうして獣人と戦争になったのかも詳しくは知らないんだ。
友人がデザートシティの名のもとに徴兵されて初めて戦をしているのを知ったくらいだ。
獣人が人間を殺した報復だとか、そんな大義名分で事が拡大していったらしいが。
とにかく、さっさと戦を終わらせたいおえらがたが自称王族を吊り上げて、その首をセンター送りにして盟主のライオネル王に終戦の宣言をしてもらおう、という腹らしい。
その獣人は、子供を連れ去ろうとしていた所を目撃した二人の勇敢な兵士が取り押さえたのだという。
執行人いわく獣人は獣だ、という理由で名乗ることは許されなかったが、せめてもの慈悲か最後の言葉を許されていた。
「…人間と獣人は、永遠にわかりあえないのでしょうか?
私は…そんなことはないと思いたい。」
悲しそうに言う獣人は、言われなければ獣人だと分からないような別嬪だった。
それが嫌な気分に拍車をかけた。
もう見るのはやめよう。
この熱気にあてられたせいか、無性に外の空気を吸いたい。
処刑後に絞首台を解体する作業が残っているが、それは全てが終わってからまた来ればいい。
「待って!!」
ガキの声に呼び止められた。
場内に子供が駆け込んできて兵士に取り押さえられていた。表の門番は何をやってたんだか。
「やめて…そのひとを ころさないで!!」
そいつは泣きじゃくりながら訴えていた。どうやら例のさらわれた子供らしい。
子供の見るものではないとすぐに兵士に抱えられて連れ出されていった。
周りの人間が獣人の魔法で誑かされているのではと、憐れんだ目でそれを見送っていた。
俺を呼び止めたわけじゃなかった。だが、呼び止められた俺はもう一度獣人の方を見た。
死の間際に、あんな顔ができるものなのだろうか。
微笑んでいた。 とても穏やかに。
転んだ幼子が立ち上がるのを見守るような、木漏れ日を見上げるような……。
「これから先、私たちがどれほどの間違いを重ねたとしても
いつかは誰かが気づいて、世界を正しい方向へと導いてくれるでしょう
たとえ何十年かかっても………必ず!」
不意にさっきのガキの姿が思い浮かんだ。
「そのときのために、私の死が未来のいしずえにならんことを!」
王女の演説はそう締めくくられた。
そして人間側の慈悲もそこまでだった。
目隠しをすることもなく、首に縄をかけられて……。
俺は結局、最後まで見届けた。
俺が二十歳で、あいつが五つ。
俺とあいつの、はじまりの日。
石切り見習いと少年→
2009/01/24