イッスンならずも見上げるほどにうず高い本棚。
ぐるりと見回す限り本の壁。ちり紙一つ落ちていない整頓された空間。
どこに目を向けても本が目に入ってくるサマイクルの居室で、イッスンは思わず声を張り上げた。
「信じらんねェ! こんだけ本があるってェのに、春画の一枚もありゃしねェ!」
自分の部屋と比べるのはさておき、イッスンにしてみれば男として由々しき事態だ。
当のサマイクルはイッスンなど歯牙にもかけない様子で本をめくっている。
眼中に入っていないことなどお構いなしに、イッスンはサマイクルに食って掛かった。
「やいサマイクル!一体全体どこに隠しやがったァ!」
「うるさいぞ蚤玉虫め!」
我関せずを貫いていたサマイクルだったが、耳元でわめかれてはたまらない。
思い切り顔をしかめて、肩に乗ってきたイッスンを指ではじき飛ばした。
「探したくば心行くまで探すがよい!ただしこれ以上ゴニョゴニョとやかましいようなら叩き潰してくれるぞ!」
床を何度か弾みオキクルミの足元に転がり落ちた。
そのオキクルミは何をするでもなく、ポアッとしてサマイクルを眺めている。
彼は特にすることがない日には、こうしてサマイクルの部屋でゴロゴロしていることが多かった。
「ひでェことしやがる。年頃の男として不健康すぎるぜェ。」
サマイクルがそうまで言うからにはそういう類のものは藁紙一枚ないのだろう。
現にイッスンの情熱的探査能力を持ってしても何も見つからなかった。
「あの野郎あんなこと言ってやがるぜェ、オキクルミ。」
同意を求めて傍らで飛び跳ねるイッスンを一瞥して、オキクルミはすぐにサマイクルに視線を戻した。
「俺も興味ないな。」
「な、なんだってェ!?オイナ族ってのはそんなに禁欲的なのかァ!?」
思わず着地に失敗して床に這いつくばる格好になってしまった。
もっとも、小さすぎて二人には見えないのだろうけど。
驚愕の極みにいるイッスンへ追い討ちをかけるようにオキクルミが言う。
「俺は…サマイクルがいれば、それでいい。」
「えっ…」
顔を赤くしてぶっきら棒にに言うオキクルミ。
それに同調するように、見る見るうちにサマイクルの顔にも朱が差した。
二人はしばらく見詰め合って、
「…そうか。」
それだけ言うと、サマイクルは本に目を戻した。
一見するともういつもの空気に戻ったようにも見える。
けれど良く見るとサマイクルの頁をたぐる手付きがぎこちない上に、読み進める速度も明らかに遅い。
オキクルミもたまに視線をあさっての方へさまよわせている。
なによりも、二人とも顔が赤く染まったままだった。
甘いやら初々しいやらで桃色に空間が染められていく。
この場から脱出する機を逸したイッスンは、目の前の現実に硬直しきっていた。
2008/04/06