大神

英雄二人


 悪鬼生まれ出でる極寒の地に、友情を誓い合った二人の少年がいた。
 熊の少年は剣を振り雪を駆け、物語の英雄になりたいと夢見ていた。
 隼の少年は書物を読み解き、物語の英雄を己が眼で見たいと望んでいた。
 二人はいつでも助け合い、同じ道を歩んでいた。


 時が経って少年は青年になり、二人は戦士となった。
 そして百年に一度の玄冬の蝕の年、魔神が目覚め、村を襲った。
 熊の青年は剣を取り、村を救うために村を出た。
 隼の青年は長となり、村を守るために留まった。
 二人は初めて別々の道を選んだ。

 紆余曲折。
 幾つもの邂逅と別離を経て、英雄を夢見た青年は己の思い上がりを悔いた。
 英雄は名乗るものではない。
 何かを成し遂げ、人に語り継がれた者が英雄と呼ばれ、物語に刻まれる。

 幼馴染は白いオオカミを導いた。
 幼子はエゾフジを蘇えらせた。
 そして親友は、最後まで私情に流されず、村を守りきった。

 自分はどうだ?
 魔神を倒しはした。
 だが今まで自分がしてきたことはどうだ?


 ――俺は英雄にはなれなかった。
   俺はただの宝剣泥棒だ…。


 エゾフジの復活に沸くこの場を、自分が汚しているような気がしていた。
 だから、差し出された白い手が幻なのではないかと思ったほどだった。
 けれどそれは夢でも雪でもなく、いつでも差し伸べてくれた親友の救いの手だった。
 記憶の中よりもささくれて荒れた指先。
 それは本をめくるよりも多く剣を握りしめた何よりの証。


 ――何をそう沈むのだ?
   互いの夢が成就した喜ばしい日と云うに。


 背負った辛苦をおくびにも出さず、隼の青年は目で語る他は何も言わなかった。
 それに倣うように、熊の青年も何も言わなかった。
 口に出そうにもしゃくり上げてしまいそうで、言葉になりそうもなかったから。
 滴がひとつぶ仮面の隙間から零れ落ちて雪に消えた。
 それを見たのは二人だけだった。

 村を救った英雄は友の手を取った。
 村を守った英雄はその手を握り返した。
 そして生まれ変わるウエペケレ。
 行く先を同じくして、分かれた道は再び交わる。

 英雄二人のものがたり。



2007/08/25

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