九龍妖魔學園紀

珍名仲間


 遺跡の探索前、九龍はバディの皆守と神鳳を交えて道具の整理をかねた調合をしていた。
 几帳面な神鳳が調合したものをリサイクルに出すものと出さないものに整頓してくれるためとても効率がいい。
 一方の皆守はベッドにごろりと寝そべりながら、行くなら早くしろとぼやいていた。
 そんな彼曰く「カレーのことなら手伝ってやる」そうだが、あいにく今回は食材関連はお預けだった。

 和気がただようなかで進められる作業の最中、塩酸と硝酸を混ぜながら九龍がぽつりともらした。
「俺の周りって漢字が読みにくいというか、変わった名前のやつが多いよな。」
 実を言うと人の名前を覚えるのが苦手だという九龍に、神鳳は意外そうに首を傾げる。
 皆守はそれに興味を引かれたようで、ベッドから起き上がって身を乗り出してきた。
「よーし、それじゃあ俺の名前を言ってみろ。」
「お、北斗の三男坊チックだね甲ちゃん。」
 ニヤリと口元を歪め、どこか挑むような皆守の視線。
 親友のちょっとした戯れに、九龍はまかせておけと言わんばかりの得意顔で言った。

「“みなもり こうたろう”だろ。」
「違う。」

 ばっさりと切り捨てられた。冷たい視線が心に突き刺さる。
 動揺したものの、そこはプロの宝探し屋。冷静にどこを間違えたのかということに頭を切り替えた。
 字面はしっかりと思い浮かぶ。“皆守甲太郎”で間違いない。
 あだ名の“甲ちゃん”は甲太郎からとったものだし、名前は“こうたろう”で正解のはず。
 だとすると…

「“みなかど”だっけ?」
「……。」

 違ったらしい。無言の抗議が心にしみる。
 “守”という字には他にどんな読みがあっただろうか。“しゅ”? “みなしゅ”? もしや“皆”の方が間違っている? じゃあ“かいしゅ”? これは致命的に違う気がする。
 頭の中がグルグルして、皆守の視線に耐え切れなくなり、

「甲ちゃんは甲ちゃんでいいじゃんか!」
「逆切れすんな。もう一息だろうが。」
「え、近い? ほんとに“かいしゅ”だっけ?」
「誰だそれ、遠ざかってるぞ。」
「熱っ! 火ィ近っ! アロマが熱いぜぇぇぇ!!」
「ええいさっさと思い出せ。 あと人の台詞を微妙にパクんな!」

 皆守がアロマの根性焼き未遂でショック療法を試みているころ、神鳳は、
「H.A.N.TのIDを照合しました。葉佩九龍様ですね。」
「いつもご苦労様です。」
 オーパーツから雑巾まで何でも引き取ってくれる、ロゼッタ印のリサイクル屋の応対をしていた。


* * *


「パネルクイズだ。こいつの名前を言ってみろ。」
 どこから取り出したのか、そもそもどうして皆守がそんなものを持っているのか。
 パネルに写っているのは、ウエーブのかかった栗色の髪の持ち主。
 九龍の周りには該当者が二名ほどいるが、パネルの人物は眼鏡をかけていた。
「おお、我が石の同胞…石の人…」
 九龍とは“石の人”“博士”と呼び合う他人からはよく分からない関係だ。
 パネルの半分が常時持ち歩いている水晶で占められているのが彼らしい。
 「僕よりもこの子を写しておくれよ」そんな声が聞こえてきそうな写真だった。

「石田?」
「…下の名前も言ってみろ。」
「……石人(いしびと)。」
「漢字一文字しか合ってないぞ。」

 パネルの人物こと黒塚至人ならこの名前も喜んで受け入れてしまいそうだ。
 突っ込んだものの、一文字かすったのを褒めるべきなのかもしれない。
 しかも名前の読みが微妙に一致してしまっている。
「次だ次ッ!」
 そんな奇跡は認めないとばかりに取り出した次のパネル。
 そこには、イカしたサングラスにイカしたポーズのイカしたおっさんが写っていた。
「イエス、ソウルブラザー! その名も“宇宙刑事”!!」
「人名ですらねえ!」
 微妙な奇跡は二度も起こらなかった。

 二人が熱弁をふるう中、神鳳はあくびの出た口元をおさえて時計を見遣った。
 ―――いつもなら寝ている時間ですね…。
 いつもの就寝時間が過ぎても起きていられないわけではないが、こうもすることが無いと少し辛い。
 でも二人のやりとりは面白い。もうしばらく静観していようと決め込んだ。
 時計の針は9時30分をさしていた。


* * *


「違う! “ゆうか”じゃなくて“かすか”だ!」
「ぐぅ…でも名字は読めたんだから合格点だろ?」
「ほーお、俺の名字を読めなかったのはどの口だろうな?」
「ごめんなさい、みなかみさん。」

 いつの間にかパネルクイズから読み仮名テストになっていた。

 ――俺としたことがカレー以外のことで熱くなっちまったな。

 あらかたの知り合いの名前を網羅してしまった。
 ようやく気が済んだ皆守は“白岐幽花”と書かれた紙とペンを置く。
 高揚した気分を落ち着けるために改めてアロマに火をつけた。
 九龍も皆守の気持ちは分からないでもない。
 自分だって“ハボキ”とか呼ばれたら微妙に憂鬱な気分になるし、力いっぱい訂正する。
 皆守のくゆらせるラベンダーの香りを吸い込みながら、ちゃんと皆の本名を覚えようと反省した。

「神鳳は下の名前って何だっけ?」
 善は急げと、事の成り行きを見守っていた神鳳にたずねた。
 見た目からは分からないが、本人は相当眠そうにしている。
「“みつる”です。字は“充実”の“充”です。」
 反射的に答えたものの、今にも「初めまして」とか言い出しそうな寝惚け眼の覚束ない口調だった。
「おお、普通だ。阿門帝等みたいに無駄に威圧的でもなく、“甲太郎”みたいにちょっとマヌケでもなく。」
 九龍にとっては何気ない一言が皆守に再度火をつけ、なおかつ切れさせた。

「誰がマヌケだ! というか九ちゃんに言われたくねえぞ!!」

 葉佩九龍に怒りの上段蹴りが炸裂する中、神鳳はベッドに体をもたれさせた。
 しばらくすれば二人とも遺跡探索のことを思い出して起こしてくれるだろう。
 目を閉じる前に見えた時計は10時を過ぎていた。ひょっとすると探索は中止になるかもしれない。
 遠慮せずにベッドに横になってしまえばよかった。
 そう思ったときにはもう完全に目蓋が落ちていた。



2008/05/11
2011/12/10改行等、少しだけ編集しました。

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