九龍妖魔學園紀

夷澤と響と神鳳と

※「響は純粋でかわいい子なんだ」って人は注意。ちょっとお下品です。


 放課後、校舎裏、夷澤。
 この三つがそろって起こることといえば、一つしかない。
 しかし今日はいつもと様子が違う。その理由は、夷澤を呼び出した相手が響だったからだ。

 ――あの響が喧嘩のメッカにオレを呼び出すとはな……。

 少しは根性据わってきたじゃんかと親心に似た感慨にふける。
 だが、さっきからもじもじとして何も言わない響に苛立ちがつのってくる。
 来ないのならこちらから仕掛けてやろうかと拳を固めると、ようやく響が口を開いた。
「い、夷澤くん! あ、あの…僕、決めたんだ」
 その様子からすると、どう見ても積年の恨みで夷澤をぶちのめしてやろうという雰囲気ではない。
 やる気をそがれて夷澤は無言で腕を組み、先をうながした。
「夷澤くんはさ、僕が神鳳先輩をお兄ちゃんて呼ぶのが気に食わないんだよね。」
 人間、どうしてもそりが合わないという相手がいるもの。
 夷澤は響が気に食わず、響は夷澤が大の苦手。
 響が神鳳をお兄ちゃんと呼ぶようになってから、その傾向は悪化の一途をたどった。

 ――たぶん、夷澤くんは僕が神鳳先輩をとっちゃうんじゃないかって心配なんだ。

「何だ、ごたくはいいからさっさと要件を言えよ。」
「うん…だからね、いっそのこと夷澤くんと兄弟になろうと思うんだ。」
 響の言っている意味がわからずに、夷澤は怪訝そうに眉をひそめた。
 そして響はとどめの、そして宣戦布告の言葉を口にする。


「穴兄弟に。」

 ――だったら、その通りだよって言った方が、僕も夷澤くんもスッキリするよね。


「エヘッ」
 凍りついた空間に響のかわいらしい笑い声が響いて、夷澤は我に返った。
「お前な…意味わかって言ってんのか?」
「うん。 僕も神鳳先輩のこと、好きだもん。」
 頭をなでてくれたときから。……いや、多分、泣いている自分に声をかけてくれた瞬間。
 いつもクラスの皆は見て見ぬふりで、そんなこと初めてだったから。その優しさが嬉しかった。
 そして夷澤に組み敷かれる彼を見て、気がついた。
 それは「自分もそうしてみたい」という不純なものだったけれど。
 神鳳充のことが好きだと、気がついた。

 夷澤の頭は混乱の極みに達していた。
 小走りに踵を返す響の背を呆然と見ながら、夷澤は響の言葉の一つ一つを反芻する。
 「穴何某」や「僕も云々」から察するに、神鳳の貞操があぶない。
 神鳳は強い者にも平気で強い態度で出るが、弱い者にはあまり強く出られない根っからのお兄ちゃん気質。
 そんなだから「僕も響のことは好きですよ」とか言ってしまい揚げ足をとられて押し切られてしまいそうだ。
 相手が響ならなおさらに。

「ちょっと待て、そもそも“穴兄弟”とか“僕も”ってどういうことだ! お前、それをどうして…!?」 
 響は振り返り、夷澤から一本取ったのがうれしくて、もう一度「えへっ」と笑いかけた。
 そしてたぶん殴られるだろうから、全力疾走を開始した。

 「えへっ」を宣戦布告ととった夷澤は、響に猛追を開始する。
 体力こそないが、響の逃げ足は相当なもの。だが体力も瞬発力もあわせ持った夷澤の敵ではない。
「来ないでー!」
「ぐあッ! パッシブスキルをアクティブに使うんじゃねえ!!」
 だが多少APが減少したくらいで負けるような夷澤ではない。
 響の詰襟に手が届こうかというとき、
「こら! 弱い者いじめはやめなさい! あなた2年の夷澤君ね、ちょっとこっちに来なさい!」
 響の叫びが雛川教諭を召喚。夷澤の敗北だった。


* * *


 その頃、弓道場ではちょっとした事件が起こっていた。
 神鳳が的を外したのだ。
「部長が外すなんて珍しいですね。 いつもは調子が悪くても的には当たるのに…。」
 心配そうに気遣ってくる部員たちに、神鳳はそういうこともあると苦笑してなだめた。
 そして部員たちの動揺もおさまり、いつもの道場の様子に戻ってきた中、神鳳は一人首をかしげていた。
 今の悪寒はいったい何だったのだろうかと。

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2008/11/02

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