九龍妖魔學園紀

生徒会室の怪


 誰もいないはずの闇に包まれた校舎から、三人の生徒が出てきた。
 言わずもがな転校生とその一味。
 今日も今日とて遺跡の前に校内の探索中で、今宵も二人のテンションは高い。
「やったね九チャン、黒板消し大量ゲットレ!」
「次は生徒会室に突撃するぞー!」
 きちんと施錠しなおす変なところで几帳面な九龍と、その隣ではしゃぐ八千穂。
 皆守はそれを冷ややかに見ながら、黙って後ろをついていく。
 しかしながら、二人の騒ぎっぷりに皆守はいよいよ苦言を呈した。
「お前らなぁ、そんなに騒いで生徒会のやつらに見つかったらどうするんだよ。」
 執行委員との確執は解消されたとはいえ、生徒会の中枢たる役員とは未だ対立関係にある。
 その牙城に侵入しようというのに、この緊張感のなさはなんなのか。
 消灯時間は過ぎているし、生徒会関係者でなくとも見回りの警備員に見つかっても面倒なことになってしまう。
「甲ちゃんノリ悪い。」
 二人そろって口を尖らせるも、やはり皆守の言葉は一理ある。
 口数は多いままではあるが声を潜めてしゃべるようになり、心持ち腰を落として忍び足で生徒会室を目指した。
 何だかんだ言いながらも、皆守も後に続く。ドライなようで割りと付き合いがいい男だった。

 ようやく生徒会室の前までたどり着いて、三人は窓近くの外壁にへばりついた。
「これはこれで肝試しみたいで楽しいねッ」
「生徒会室の怪談って何かないのか?」
「あたしは聞いたことないよ。皆守クンは?」
 肝試しというよりも……この先は禁句だろう。
 ともかく、緊張感はやはり皆無だった。
 そんな二人に呆れつつ「あるはずないだろ」と皆守が言おうとした矢先、窓から中を窺おうとしていた九龍がシッと制止の声をかけた。
 鼻先に指を立てる九龍にならって反射的に口をつぐみ、耳を澄ます。

「……まい…」

 生徒会室からかすかな声が聞こえた。
 騒々しかった二人もさすがに黙りこくる。
 空耳かもしれない。怪談?そんなばかな。

「…八まい…」

 その声は何かの枚数を数えているらしい。確かそんな有名な怪談があったはずだ。
 この學園には様々な噂があるし、現に墓地の下には遺跡まで存在している。
 はっきり言って何が出てもおかしくはない。

「九枚……」

 しばしの沈黙。
 直前の話題が悪かった。もう物語の通りにならないことを祈るしかない。
 きっともう一枚あるはずだ。
 一枚足りないなんてお菊さん的なことあるはずがない。あってたまるか。


「……一枚足りない……」


 祈りもむなしく、呻くようにしぼり出された声。
 それと同時に暗い部屋にぼうっと浮き上がる人影。
 長い髪に白い着物。そして見えない足……。

 その人影がこちらを向こうとした刹那、三人とも同時に踵を返していた。
 こういう場合は目が合った瞬間に“そいつ”が何らかの行動を起こすと相場が決まっている。
 運動神経のいい三人はあっという間に生徒会室から離れ、そして示し合わせたかのように礼拝堂の方へ全力疾走していた。
 忍者も真っ青なほどに軽快で素早く、それでいて足音を極力おさえた素晴らしい走りだった。
 特に皆守の鬼気迫った表情は彼のイメージを著しく損なわせるものだったが、幸い他の二人も似たり寄ったりだった。
 というよりも表情など確認する余裕などない。
 そして本当に怖い時には、息が詰まって叫び声も出ないことを実感していた。


* * *


「…十円玉が一枚足りない…これでは計算が…。 夷澤、その辺に落ちていませんか?」
 暗い部屋の中、懐中電灯を片手に神鳳がたずねた。
「こう暗くちゃどうしようもないっすよ。」
「こんなことなら蛍光灯の備蓄も確認しておくべきでしたね…。」
 時折チカチカ点滅をして切れそうな気配はあったものの、今日一杯はもつだろうと高をくくったのが運の尽き。
 生徒会役員の会議の後、会計係の仕事を済ませようと残って作業をしていた所、先程ついに切れてしまった。
 思ったよりも作業が長引いたのと、マミーズで夕食をとる時に点けっ放しにしたのがまずかったのかもしれない。

「もう明日にすればいいじゃないっすか。」
「書類の提出日も近いですし、今日中に終わらせてしまいたいんですよ。」
 あと十円玉一枚で終わるらしい。
 そうでなくとも部活が長引いたために弓道着姿のままだし、夷澤にしてみれば十円くらいどうだっていいと思ってしまう。
 その点、会計役の神鳳はまさに適材適所といえる。
 こんな所でも阿門の手腕を見せ付けられて夷澤としては複雑な気分だった。
 それにしても白い道着に黒い袴の神鳳は凛々しさと艶かしさが際立っていて、つい見惚れてしまいそうになる。

 床を照らしていた神鳳がこちらを見た。
 てっきり探すのを手伝えと言われるのかと思ったが、
「こんな時間まで手伝わせて申し訳ない。計算は終わりましたし、先に戻ってくれて構いませんよ。」
 不意打ちでそんなことを言われて、どきりとしてしまった。
「…ふん、ついでっすからね。十円玉探しゃいいんでしょ。」
 ぶっきら棒に言って神鳳と懐中電灯の光を目で追う。
 部屋が暗くて良かったと思う。
 にやける口元を無理やり仏頂面にもどそうとする珍妙な表情を見られなくてすむのだから。


 自分たちが後に“十番目の皿屋敷”と呼ばれる新たな怪談の元凶だとは知る由もない二人だった。



2008/05/18
ほんのり夷神。十円玉は紙の下に潜り込んでました。

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