「そうねェ…阿門様の凛とした立ち姿は蓮の花を彷彿させるわね。」
双樹がうっとりとした表情で言った。
今や阿門を待つばかりの生徒会室。
退屈しのぎの世間話で、どういう話の流れからか知人のイメージに合った花を挙げていく運びとなっていた。
となると、自然とその対象は近しい友人になる。
「有り触れた言い回しになってしまいますが、双樹さんはまさに“情熱の赤い薔薇”ですよね。」
「分かってるじゃない神鳳。“情熱”はあたしの大好きな言葉よ。」
神鳳の言葉に双樹は嬉しそうな表情で髪をかき上げた。
そんな双樹に夷澤が横から茶々を入れる。
「朱堂センパイとおそろいっすね。」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる夷澤に、双樹の“夷澤専用堪忍袋の緒”は簡単に引きちぎれた。
むしろ切れるために極細の紐であると言っても過言ではない。
「あんたは雑草で十分よッ!」
夷澤を蹴り倒し、どこからか取り出した鞭でしばきたおす。
その光景は、生徒会室ではいくらか見慣れたものになってしまっていた。
そうやって何度も懲りない夷澤を見ていると、
―――もしや夷澤には妙な嗜好があるのでは…?
と、神鳳ならずとも邪推してしまいそうになる。
それを振り払うように、ついでにそろそろ双樹を止めようと、神鳳は訊ねかけた。
「よく一括りに雑草と言いますが、具体的にどんな種類があるんでしょう?」
双樹は鞭を振る手を止めて、少し考えて、
「オオバコなんかは見分けやすいんじゃないかしら。」
葉は丸みを帯びていて、穂状の花をつける多年草。
双樹の説明を受けて、見たことがある気がすると納得顔の神鳳。
「…向学心旺盛なことっすね神鳳サン…。」
もっと早く止めてくれてもいいのにと、嫌味をこめて夷澤が言う。
けれど神鳳はそれを意に介さずに、夷澤に向かって微笑みかけた。
「力強い生命力に打たれ強さを併せ持った逞しさ。 実に夷澤らしいじゃないですか。」
先ほどまでの恨み節はどこへやら。言葉に詰まってうっかり赤面してしまう。
不意打ちで自分への評価の言葉を貰って、恨み言が吹き飛んでしまった。
が、
「確かにそっくりね。背が低いところとか。」
双樹の言葉が夷澤の心にえぐり込むように突き刺さる。
珍しく双樹から売った喧嘩を夷澤は迷わずに買った。
身長で双樹が勝っているといっても所詮は男と女の体格。
それに加えて格闘技をしている夷澤に負ける要素は無いはずなのだが、どういうわけか双樹に敵わない。
そしてまたヒールで踏まれ、鞭でしばかれる。
―――そういえば僕だけ“身体”補正が無いんですよね…。
神鳳は異様な日常を傍目にしながら、それとは全く関係の無いステータス的な疎外感を静かにかみしめていた。
「さてと、話を戻すとして…」
双樹が一仕事終えた清々しい顔をしている。
その足元には夷澤が転がっているが、本日二度目の敗北に打ちひしがれているのか、ピクリとも動かない。
それを一顧だにせず、双樹は神鳳をまじまじと見つめた。
「やっぱり神鳳には白い花が似合うと思うわね。」
「そうっすね、ボタンとか……シャクヤクって言いましたっけ? ああいうイメージっすね。」
ショックから立ち直ってきたのか、夷澤がおもむろな動きで体を起こして双樹に賛同する。
「面と向かって言われると少々照れますね。」
照れてはにかむ神鳳も貴重ながら、双樹は夷澤についても意外に思った。
てっきり「幽霊のオプションの柳っすよ」とでも茶化してくるものだと考えていたのだ。
さすがに柳の花はマイナーすぎるものの、柳のしなやかさは神鳳のイメージにピッタリだと思うし、夷澤をいびる準備は万端だったのだが。
―――牡丹に芍薬ねぇ…。
その花に関連性を見出して、双樹はくすりと笑みをもらす。
「それに、百合の花なんてどうかしら?」
「……あ…」
「あー、それもぽいっすよね。」
神鳳も花の関連性に気がついて、さっと顔に朱が差した。
一方の夷澤はそれに気づかず、気楽な顔でいたぶられた体をほぐしている。
「あら夷澤、まだ気づかないの?」
「ふ、双樹さん!」
夷澤は何のことか分からずに首をかしげた。
神鳳としては気恥ずかしくてこのまま流してほしかったのだが、双樹がそれを許すはずもなく。
「“立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花”と言えば、美しい人の姿を花で例えたことわざじゃない。」
熱いわねー、と冷やかす双樹はどこか楽しげだった。
実はこの二人は生徒会役員メンバー内公認の仲。
当然ながら他の生徒には秘密で、主に神鳳の要望で校舎内はもちろん、生徒会室でもそんな素振りは見せないが。
双樹の冷やかしに動揺する神鳳と対照的に、夷澤は落ち着き払っていた。
その胸の内は、生徒会室でイチャつけるかもしれないという邪な打算があったりするのだが。
「ま、オレが神鳳サンをすごくキレイな人だと思ってるのは確かなんすけどね。」
「僕はそんな……。」
「クク…照れてるんすか? かわいいな神鳳サン…」
ソファの背に追い詰められて、夷澤の顔が近づいてくる。
神鳳の動揺は混乱の域に達しようとしていて、更に顔が赤くなる。
そしてそれが臨界点を突破しようとしたその瞬間、
「遅くなった。会議を始めるぞ。」
ゴスッ!
鈍い音と同時に生徒会室の扉が開かれた。
遅れて登場した阿門が見たのは、倒れゆく夷澤と、お手本のように綺麗な正拳突きの姿勢をとった神鳳だった。
「かっ、会議! 始めましょう、ハイ!」
動揺が抜け切っていない神鳳はどう見ても挙動不審だった。
阿門は神鳳の言動がおかしいことに言及すべきか半ば本気で悩み、双樹は少しばかりからかいすぎたかと一応は反省する。
そして床にひっくり返っている夷澤は、神鳳の滅多に見られない姿を拝めて一人満足していた。
2008/08/24
2011/12/10改行を少し編集しました。