放課後の、阿門のいない生徒会室。
その日三番目に到着した役員は神鳳だった。
三番目という時点でいつもよりも大分遅い。
「残念だったわね神鳳。もう少し早ければ九龍と会えたのに。」
双樹が得意気に言う。
双樹が一番乗りで、その後に夷澤が来た直後、九龍が顔を出したらしい。
特に用があったわけではないらしく、双樹とたわいないお喋りを交わし、さり気なくミルクを一本失敬して去っていった。
今頃は屋敷で千貫とミルク談義をくりひろげているかもしれない。
神鳳と九龍は隣同士のクラスではあるものの、男女別の授業でもB組とC組では重ならず、意外と会う機会は少ない。
九龍は友人が多く、暇さえあれば校内を歩き回っている。
今回もその途中だったらしいが、すれ違ってしまったようだった。
神鳳は神鳳で生徒会役員と弓道部部長の掛け持ちで忙しく、会う時は大抵事前に連絡を取り合っている。
「おや、龍さんが? それは惜しいことをしました。」
悔しそうに肩をすくめる神鳳と双樹を交互に見て、夷澤は冷ややかな目つきを投げかけて溜息をついた。
「どいつもこいつも“九ちゃん”だの“はっちゃん”だの…いつから生徒会は仲良しクラブになったんすか。」
名前をもじって呼んでいるならまだいい。
“鉄人”や“隊長”中には“我が王”とまで呼称する者もいる。
反抗的なのはいつものことにしても、夷澤は九龍のことになると妙に突っかかる。
九龍と双樹の会話にも加わらず、ずっとしかめっ面をしていた。
その気持ちは分からないでもない。
自分たちも九龍という人を知るまでは、そして彼に解放されるまでは、少なからずそういうわだかまりを抱いていた。
「あら、夷澤もあだ名で呼ばれたいの?」
くすくすと笑いながら双樹が夷澤の不機嫌な理由を揶揄して言う。
含み笑いをして、神鳳もその揶揄に乗ることにした。
「それなら夷澤は凍さ…」
「あんたらそれ以上言うとぶっとばすぞ」
これだからあだ名は嫌なのだ。名前一文字にちゃん付けはメジャーだが、夷澤はそれを最も嫌う。
“とうちゃん”と呼ばれるたびに夷澤の中で“父”の文字がちらついたものだった。
しかしながら夷澤の物騒な物言いも、扉が開く音を優先されて先輩二人には聞き流された。
そして阿門の登場によってこの話題はお流れとなる。
これ以上いじられることもなく幸運だったかもしれないが、自分の扱いの軽さに一抹の不満をぬぐいきれない夷澤だった。
その後、夷澤も九龍と戦い、彼の人となりを認めて打ち解けることになる。
そして「“凍ちゃん”と“とーやん”と“とっつぁん”どれがいい?」と三択を迫られることになるのだった。
2008/06/08
2011/12/10題名を変更しました。