犬夜叉

一日の戯れ


 さすがに裸でいるのは体裁が悪いので、七宝は仕方なしに湿ったままの着物をつけはじめた。
 殺生丸はその隣に腰を下ろすと湖面に目をやったまま黙りこくっている。
 それは彼の性なのだろうが、七宝には居心地が悪い。
 湿り気を帯びてきしむ衣服と格闘しながら会話の糸口を探った。
「殺生丸はなにをしておったんじゃ? ひとりで水遊びもつまらんじゃろ」
「別に遊んでいたわけではない。 沐浴していただけだ」
 すげなく言われて会話が終わる。
 途方に暮れながら袴をはいていると、意外なことに殺生丸のほうから話しかけてきた。
「おまえはこの風景をどうおもう?」
 突拍子なことを聞かれて面食らったが、七宝はあたりを見渡してみて素直に感想を述べた。
「うつくしい光景だとおもうぞ」
 木深い森の奥に広がる凪いだ湖面に、いつの間にか明けてきた空の濃淡が鏡写しになっている。
 ほのかに赤く縁どられた雄大な山影。その傍に添えられた細い月がなんとも儚げな風情を醸し出していた。
 柄にもなくその風景に見とれる七宝の横で殺生丸は軽く息をついた。
「おまえと同じことを思うということは、せつ……わたしもまだ幼稚な証拠だな」
 口惜しげに口をとがらせる姿はどこからどう見ても子供そのもの。
 七宝も幼稚と言われて黙っているわけにはいかない。
「べつにおかしいことなかろう。うくつしいと思うに大人も子供もないわい」
「妖怪は生と死の躍動にこそ心奪われるべきだ」
 あどけない顔に似合わぬほど冷酷な面持ちで、極端に物騒なことを言う。
 それも一瞬のことで、元の抑揚のない表情に戻る。しかしどこか一点に哀愁を帯びているように見えた。
「こんな未熟な心を抱えていては、父上にあきれられてしまう」
 独り言のようにつぶやかれたその声音の切なげな響きに七宝は思わずどきりとした。
 七宝は大人の殺生丸を恐ろしいとしか思わなかったが、こんなにも感じやすい頃があったのだ。
 子供の時分なら誰だってそうなのかもしれないが、七宝には意外に思えた。
「殺生丸のおとうはそんなに厳しいのか?」
 そう言ってから、つまりは犬夜叉の父親のことでもあると気が付く。
 強大で畏怖されているが、残虐な妖怪ではない。
 冥加から何度か聞かされた話ではそういう印象を受けたが、実際は違うのだろうか。
 殺生丸は七宝の質問に首をかしげ、
「どうなのだろうな。 あまり会ったことがないから」
 犬夜叉が生まれるずっと前に戦続きのころがあったと冥加が言っていたが、今がそうなのか。
 それでも殺生丸は父の印象を思い起こして言葉を探し、
「大きくて、強くて、おそれられている。 それがせつの父だ」
 まるで他人のような評価だった。
 それを自覚しているのか決まり悪そうであるが、父を語るその顔はどこか誇らしげに見える。
 記憶をたどればいつだって父親の笑顔を思い出す七宝には信じられないことだった。
「それでもせつ……わたしは信じているんだ。いつか父上はおそばにおいてくださると」
 自分に言い聞かせるようにつぶやく殺生丸の横顔に微笑が浮かぶ。
 見ているほうの胸が締め付けられるような、まるで憂慮を抱えた大人のようだと七宝は思った。
「殺生丸はおとうが好きなんじゃな」
「この世でただ一人、尊敬するひとだ」
 頷く殺生丸の表情にわずかながらにも喜色が混じる。
 それを見て七宝はほっとして相槌を打った。父を尊敬する気持ちは七宝も同じだからだ。
 そこでただ一人というのが気になって何気なく尋ねてみた。
「それじゃあ、おっかあはどうなんじゃ?」
「きらいだ」
 ばっさり言い捨てて殺生丸の秀眉が思い切りしかめられた。
 これほどまでに殺生丸の表情が動くのを見たのは初めてだった。
 あまりの剣幕にたじろぐも、続けざまの言葉に納得する。
「母上はせつに女の装いをさせては悦にひたるようなひとだ」
 それはさぞかし似合うだろう、という言葉は賢明にも飲み込んで、
「それはひどいおっかあじゃな」
 当たり障りのない返答をしておいた。どうやらその話題には触れないほうがよさそうだ。
 七宝に母親の記憶はあまりないが、そんなことをされたら自分だって憤るにちがいない。
 館にいてはちょっかいをかけてくるものだから、こうして外をうろつくことが多いという。
 先の微笑みよりも、そうやって憤った顔をしているほうがよほど子供らしい。

 そうやって話すうちに太陽が顔を出し、着物も乾いてきた。
 いまだに奇妙な感じではあるがだいぶ殺生丸とも打ち解けている。
 のどかな湖畔で待つのが得体のしれない時空の歪みだというのがなんとも趣がない。
 最も、二人とも趣や風情を重んじるような年頃ではなく、ただ退屈なのだった。
 何かなかったかと懐をさぐると、木の実と茸。おもちゃの蛇とあとは独楽がいくつか。
 何とはなしに取り出したのはやはり独楽だった。
「……独楽か」
 殺生丸は特に目新しいところもない、むしろ使い古した独楽をぼんやりと見やってくる。
「べつに珍しくもないじゃろう。 ひょっとして、やったことないのか?」
 深窓の君ならさもありなんと思ったが、そういう事情だけではないらしい。
「むかし父上にいただいたのだけど、爪からもれた毒でとかしてしまった」
 沈鬱な顔色を隠すように、皮肉めいた笑みを張り付けている。
 殺生丸はそれ以上なにも語らないが、きっとそれからなのだろう。殺生丸が背伸びをはじめたのは。
 大人になりたくてたまらないのだ。
 七宝だって早く大きくなって犬夜叉を見返してやりたいと思っているが、きっとそれ以上に、それよりも切実に。
 それでも、と七宝は思う。

 ――なんじゃろうな、そんなのはさびしい気がする。

 七宝は一つ決意をしてにわかに立ち上がった。  殺生丸の鼻先に独楽を突き付けて勝負を申し込む。
「どうせ待ってるだけじゃ退屈じゃ。 独楽回しで勝負せい!」
 勢いに押されて受け取った独楽と七宝を交互に見て、殺生丸はぽかんとしている。
 出し抜けすぎたかと思ったが押し切ることにして、予備として持っていた紐も押し付けた。
「なんじゃやりかたを知らんのか? こうやって紐をひっかけてな…」
「ばかにするな、巻き方ぐらい知っている」
 七宝が言い終える前に殺生丸はくるくると紐を巻いてみせた。
 きれいに巻き終えたものの一瞬途方に暮れた顔をして、
「シッポが先に投げてみせろ。 実力をみてやる」
 さては巻き方は知っていても投げ方がわからないのだなと当たりを付けた。
 それでも乗り気な殺生丸に水を差すのがはばかられて、七宝は気づかれないように含み笑いをした。
「見とれ、こうじゃ! 手首をさっと引くのがコツじゃぞ」
 小手調べに投げてみせると独楽は力強く回りだす。
 独楽回しには誰よりも自信がある七宝は得意げに胸をそらした。
「こうか」
 七宝を真似て殺生丸もためしに投げてみせた。
 きれいな放射線を描いて着地した独楽が静かに回転するのを見て七宝はあっけにとられる。
「……おぬし、本当にはじめてなのか?」
「はじめてだ」
 疑るような目に殺生丸は首をかしげる。確かに手つきは慣れたものではなかったが。
 七宝が父親から習って初めて投げた独楽はあさっての方向に飛んで行ったというのに。
 きっと剣やなんかもそんな風にスラスラと会得していったのだろうと簡単に想像がついた。
「まあ、ええわい」
 悔しくはあるが、練習もいらないだろうと仕切り直し、せえのの掛け声で同時に独楽を投げた。
 回る独楽を一心不乱に見つめるだけの、実に地味な勝負だった。
 軸が乱れてきたのは同時だったが、とうとうころりと胴を横たえたのは殺生丸の独楽だった。
 七宝の独楽はぐらぐらしながらもかろうじて回り続けている。
「よっしゃ! おらの勝ちじゃ!」
「……おまえの勝ちだな」
 ぐっと拳を握る七宝に対して、殺生丸は憮然とした面持ちで言う。
 自分の負けと言わないあたりが殺生丸らしい。
 すぐさま二回戦目が行われた。
 しかし今回は勝負が終盤に差し掛かったところで独楽同士がぶつかって、七宝のほうが蹴倒されてしまった。
「今度はせつの勝ちだな」
 負けた悔しさも手伝って、得意げな殺生丸に七宝は断固として抗議する。
「これは早回し対決じゃぞ、喧嘩独楽とちがうわい!」
 出し抜けに殺生丸があはっと声をたてて笑ったので七宝は面食らった。
「だったら次は喧嘩独楽だ。 そのほうが早く白黒ついてよい」
 本当に無意識だったらしく取り繕うこともしない。
 そのことがどうにも嬉しくて、七宝の顔に喜色が満ち満ちた。
 七宝にも殺生丸の提案に否はなく、さっそく三回戦目に突入した。


 七宝は殺生丸ととことん遊びまわろうと思ったのだ。
 見知らぬ土地で出会った友達として。


 独楽対決は辛くも七宝が勝ち越して面目を保ったが、その他のことでは惨敗だった。
 七宝が水切りで石を十回跳ねさせてみせれば、殺生丸の石は湖の真ん中まで跳ねていった。
 かくれんぼをすれば七宝のほうが早々に見つかる。
 鬼ごっこをしたなら七宝はふわふわと跳躍する殺生丸を追いかけるのが精いっぱいだった。
 ただ、七宝が殺生丸から逃げる番になって、反則だが逃げきれぬと咄嗟に球体に変化して宙に逃げたときのこと。
 殺生丸が空中を浮遊する七宝を羨望のまなざしで見上げていたのが印象的だった。
 まだ空を飛ぶ術を会得していないという。それでも殺生丸の一跳びで七宝は捕まってしまったのだが。

 七宝の提案に殺生丸はことごとく乗ってきた。
 腹が減れば湖の魚をとって七宝の狐火であぶって、二人は遊び続けた。
 さすがに遊び疲れて初めのころのように湖の畔に座り込んだ時には、日がとっぷりと暮れていた。
 独楽で曲芸を披露するときに狐火も使っていたので、暗いのも全く気にならなかった。
 七宝は遊びの昂揚感が去ったあとの心地よい疲労に目を細め、黒い湖面に星がキラキラ光るのをぼんやりと眺めた。
「きれいじゃが、おらはお月さまのほうが好きじゃな。 なんとなく空がさみしいわい」
 殺生丸は同意するようにきれいに晴れた星空を見上げた。
「月は下弦で細い。 夜中にならないと昇らないな」
 反対に七宝は湖心のあたりを見渡して、不安げにつぶやいた。
「ほころびはまだ出んのじゃろうか」
「まだだな。 おそらくは昨日と同じ頃にあらわれるのだろう」
 曰く、まだ若い時空の穴というものは概してそういうもので、徐々に大きさを広げながら開いている時間も長くなり、ついには大きな穴が開きっぱなしになるに至るのだという。
 というのを暇潰しに読んだ文献に書いてあった気がする、とのこと。
「もし……帰れなかったらどうしようかのう……」
 七宝が一番恐れていることがそれだった。
 なるべく考えないようにしていたが、ここにきて急に不安が押し寄せてくる。
「そのときはせつの家来になれ。 おまえはおもしろい」
 それも良いかもしれないと思ったのが意外だった。
 最も、邪見の気苦労を見ていると素直に喜べなくはあるが。
 それでも殺生丸の言葉に心が軽くなって、同時に眠気が襲ってくる。
「おら、もうくたくたじゃー。 すまんがちょっと寝るぞ」
 言うや否やばったりと倒れこむ。そうすると途端に瞼が重くのしかかってきた。
 七宝にしてみてもこれほどまでに遊び回ったのは久しぶりのことだった。
 かごめと旅をするようになってからか、父親が死んでからか。
 そうだ、と七宝は思い出した。
 井戸に落ちる前に思ったのだ。
「殺生丸、おらたちは遊び相手がほしかったんじゃな」
 殺生丸は茫然としたように七宝の顔を見つめてくる。やがてふいっと顔をそらした。
 その横顔がほんの少し朱に染まっているような気がしたが、確かめる前に七宝は眠りの底に落ちて行った。

 七宝のいびきを聞き流しながら殺生丸は注意深く湖を見張っている。
 七宝に言われた言葉を考えまいとするように。
 しかし胸がドキドキするのを止められない。まるで図星を指されたように。
 思いを同じくする者を引き付ける、いつか読んだ文献にそう書いてはいなかったか。
「ちがう、せつは……」
 口ごもって、自分に言い聞かせるように言い直す。
「わたしは、狐のひまつぶしにつきあってやっただけだ」
 聞くもののない言葉は、うらさみしく消えていった。

 誰かに揺り起こされて七宝は薄く目を開いた。
「シッポ、出たぞ」
 目の前に殺生丸の白い顔があって思わず七宝は顔を赤らめた。
 相手は殺生丸で男だとわかっていても、きれいなものはきれいなのだから仕方がないと心中で言い訳をした。
「ん…おお、細いけどきれいな月じゃなあ」
 殺生丸の頭上に輝く月を見上げて、文字通り寝惚けたことを言う七宝に殺生丸は呆れ顔で言う。
「なにを言っている、ほころびがあらわれたんだ」
 にわかに状況を思い出して七宝は跳ね起きた。
「ど、どこ、どこじゃ!?」
 きょろきょろと見回す七宝を抱えあげ、殺生丸は湖心のほうへ歩いていく。
 ここだ、と湖の底を指さすが、七宝にはやはりさっぱりわからない。
「前と同じ、髪がそそく感じがする。 少しずれているが、水脈に沿って移動しているのだと思う」
 これでやっと帰れる。
 ほっとすると同時に、別れがたく思うのも本心だった。
 一応、七宝に一片の興味も持たない冷酷な殺生丸になら会えるが。
 と、七宝が感傷にひたっている間に湖に投げ込もうとする動きを見せたので、七宝は慌てて止めに入った。
「待て待て! お別れの言葉ぐらいかわしてもよかろうが!」
「別れの言葉?」
 それもそうかもしれないと思い直したのか動きを止めて、
「この一日のこと、だれにも口外するな。 あんな童子じみた姿など母上の前だってさらしたことがないのだからな」
 お前がこの世界のものでないからだ、と弁明してくる。
 ずいぶんと素っ気ない言葉だが、七宝は深くうなずいた。
「おう、男の約束じゃ」
 特に犬夜叉にはな、と自分で付け加えておく。
「気がすんだか? 時間がないぞ」
 殺生丸に急かされるが、なかなか気の利いた言葉が浮かばない。
 ままよと思ったことをそのまま口にした。
「殺生丸、おらたちはともだちじゃぞ!」
 言い終えるや否や、投げ出された七宝の小さな体は湖の底に吸い込まれた。


* * *


 ぎゅっとつむっていた目を開くと、四角く切り取られた狭い星空が見えた。
 昨日見たのと同じ場所に細い三日月と逆を向いた月が昇っている。
 戻ってこられたのだ。少なくとも、骨喰いの井戸の底に。
 行きと違って帰りは苦しいことはなにもなかった。
 しかしまた知らない時代にきてしまったのではないかという不安に七宝は動けない。
 すると自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おい、七宝か?」
 井戸の縁から白い頭が覗き込んできて、七宝はつい殺生丸と呼びかけそうになった。
「せっ……じゃなくて、犬夜叉か?」
「せ? っていうかてめえ、そんな所で何してやがる。 かくれんぼのつもりか?」
 犬夜叉の憎まれ口をこうも懐かしく思うことはこの先もうないだろう。
 もう間違いなかった。七宝の知る世界に帰ってこられた。
 泣きそうになるのをこらえて、七宝は身軽に井戸をよじ登る。
「なんでお前濡れ鼠なんだ?」
 犬夜叉の疑問を無視して縁までたどりつくと、七宝は井戸の底を振り返った。
 底の土が湿っているように見える以外は、何の変哲もない。

 ――殺生丸、笑っとった。

 七宝が湖水に消える刹那、垣間見た。
 あの物憂い微笑みでなく、ともだちに「ありがとう」と礼を言う時のような、優しい微笑みだったのだ。
 無意識ににやけるのを止められなくて犬夜叉を気味悪がらせた。
 それを追及される前に七宝は犬夜叉にたずねかける。
「かごめはもう来ておるのか?」
 聞かれて犬夜叉は口ごもった。
 思い当たる節があって、七宝は犬夜叉を横目で見やる。
「ははあ、さてはかごめを怒らせて追い返されたな?」
 図星を指されて犬夜叉は腕を組んでそっぽを向いた。
 同じような仕草を殺生丸がしていたのを思い出して、七宝は小さく笑う。
「それより、楓ババアが心配してたぞ。 丸一日どこほっつき歩いてやがったんだ」
 わかりやすく犬夜叉が話題を変えてきた。
 犬夜叉が戻ってきて早々、楓に七宝を探すように言いつけられたらしい。
 楓は今も寝ずに七宝の帰りを待っているのだという。
「それは悪いことをしたのう……。 早く帰って安心させてやらねば」
 村へと走る七宝の背中に犬夜叉の声が飛ぶ。
「おい、どこ行ってたかって聞いてるだろ」
「ひみつじゃ! おらはただ遊んでただけじゃからの」
 いつになく上機嫌な七宝に不思議そうな顔をして、犬夜叉もその後を追った。


* * *


 あまり面白いものでもなかったな、というのが正直な感想だった。
 七宝がパッと消えた瞬間、髪のささくれる感じも消え失せて、それっきりだった。
 くるりと踵を返して湖畔まで戻ると、小さな忘れ物に気が付いた。
「独楽、か」
 拾い上げて、過去を見透かすように繁々と独楽を眺めた。
 これよりももっと上等な、朱塗りの光沢が美しい独楽だった。
 戦場にいったきりの父が送ってよこした贈り物。
 嬉しかった。それゆえに、感情の昂ぶりを抑えきれなかった。
 いまよりずっと力の制御が不安定な時期で、呼応するように爪の先から毒が漏れ出てしまった。
 己の力の未熟がくやしくて。父との繋がりを消してしまい、かなしくもあった。
 今ではもうそんなへまはしない。いまならもう鬼を滅したように、母から受け継いだ毒を完全に操れる。
 もう充分だ、と殺生丸は爪の先に軽く力を込めた。
「毒華爪」
 独楽は木端も残さず消えてなくなった。
 それを見て殺生丸は満足げに微笑む。
 それは物憂げでも、優しげでもなく、後の殺生丸が時折見せる冷たい笑みによく似ていた。

 きっとあの狐に出会ったのは転機だろう。
 もう充分だ。存分に戯れた。子供を捨てよう。
 過去を振り返るのはもうやめだ。
 目指すは父と同じ覇道、修羅の道。

 それにはまだ己は未熟。
 まずは手始めに、空でも飛んでみようか。
 そう考えて、殺生丸は湖に背を向けた。
 風を感じられる広い野原があったはずだと思い出し、足を向けた。



2011/05/08『雲の呼吸』に続くのかもしれません。

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