「森?」
いつものように外へ飛び出したマースとロイ。
いつも行き当たりばったりの二人が行き先を相談していて、マースの口から零れたのがそこだった。
「そ。今日は森の方に行ってみようぜ。」
「迷ったらあぶないから、入っちゃダメって言われてるよ?」
山へとつながるその森は鬱蒼としていて、向こう側へと通じる山道はあるものの、山向こうへ行くには裾野に広い道が通っているため、大人でも滅多に近づくことはない。
そのため、子供たちには森へ近づかないようにきつく言われていたのだが。
「だからいいんだよ。だれも入ってないから、二人の秘密基地つくれるかもだぞ!」
「おー、秘密基地!」
秘密基地。子供たちの永遠の憧れ。
その言葉の持つ魔力に、ロイも例に漏れず目を輝かせた。
「そうと決まれば行くぞ、ロイ!」
「ラジャー!」
元気良く駆けて行ったものの、いざ森の中に入ってみると、初めて歩く場所に勢いも半減してくる。
「マースんちの林とはちがうねー…。」
「おう…。」
人の手の入らないその森は、少しでも多く太陽の光を浴びようと伸ばされた枝と葉に遮られ、光が入らずに薄暗い。
落ち葉の積もる地面はふわふわと軟らかくて、足を取られそうになる。
マースの家の裏にある林との違いに不安になって、知らず知らず二人は肩を並べていた。
口数も減って、黙々と獣道を歩む二人。
突然、背後の藪がガサリと音をたてる。
驚いて振り返って、その拍子にロイの足を茂みに隠れた斜面にとられた。くらりと傾いたロイの手を上手いことマースが掴んだものの、そこは所詮子供の腕力。
「「うわあああああああ!」」
一緒になって急斜面を転がり落ちていった。
二人がいなくなったその後に、悠々と野ウサギが跳び出して、別の藪へと跳ねていった。
「いってぇ…だいじょぶかロイー?」
「うん、平気ー。」
ずれた眼鏡を直しながらロイが起き上がるのを助けた。大きなけがはないものの二人ともすり傷だらけで、体中に葉っぱや草をつけて泥だらけだった。
それらを払っていると、ロイの服からぽろりと何か白いものが落ちた。
「あ、花だ。」
落ちてくるとき服にでも引っ掛けたのか、可憐な白い花を手にとってくるくると回して見た。
何となく捨ててしまうのが憚られて、どうしようかと考えていると、同じく花を見ていたマースと目が合って。
「はいっ、これマースにあげる。」
「ん?いいのか?」
「だって、僕のせいでマースも落ちちゃったんだもん。」
「そっか?んじゃ、もらっとくよ。」
普段いつも一緒にいるひとから何かをプレゼントされるのは、どこかむず痒いような、気恥ずかしいような。
しげしげと眺めながら、ロイがしたようにくるりと回し見て。
「どう?かわいい?」
小鬢に差してしなを作ってみせた。
「ぷっ、か…かわいいかわいい!」
思わずふき出して、人気のない森に二人分の笑い声が木霊していた。
ひとしきり笑い合って、思い出したように辺りを見回してみる。
すると、妙に明るい一画があるのに気付いて、あんな目にあった後にもかかわらず好奇心にまかせてそこを目指した。
そして茂みをかき分けた先には、木の開けた空間が広がっていた。
「おー、広場だ広場!」
「いいとこ見つけたね、マース。」
久しぶりの大きく見える青い空に、二人はその空間に躍り出た。
地面は太陽の光をいっぱいに浴びた、青々とした草が一面に茂っていた。
ふとマースは足を止めて、足元を凝視する。
「四葉のクローバー見っけ。」
「ホントだ、マースすごーい!」
滅多に見られないものを拝めて、ロイの顔がほころぶ。
それを見てマースは自分の鬢に差したままの花を思い出した。
「これ、ロイにやるよ。」
「え、いいの?」
「だって、ここに来れたのはロイが落っこちてくれたからだもんな。」
「なんだよそれー。でもありがとう、マース。」
花のお礼とばかりに幸運のおすそ分けをもらって、
「でも見つけたのはマースだから、ラッキーは半分こだね。」
大切そうにポケットにしまい込んだ。
ごろりと草の絨毯に寝転がって、のんびりと時間が流れる。
このまま時間が止まってしまえばいい。それが無理なら、もっとゆっくりと流れてくれればいいのに。
そんなことを考えながら、マースが口を開いた。
「なぁ、ロイ。」
「ん、何?」
「俺たち、ずっと一緒にいような。」
ふわふわ漂う雲を見上げながら、そんなことを呟いた。
2006/08/27
次のお題に続きます。