「マースの家、行ってくる!」
大きな一本の樹が一際目を引く館から、子供が一人飛び出した。
母親の声を背に受けて、一目散に駆けて行く。
――僕とマースの家までは、ちょっと遠い。
僕の家は小さな丘の上にあるから、少し走らなきゃならない。
見上げた空は澄み切って、抜けるように青かった。今日も天候の心配をせずにすむだろう。
高みに羽ばたく鳥が地面に影を落とす。子供の顔を一瞬さえぎって、すぐに追い越した。
その鳥を追うように、子供は丘を駆け下りていく。
――マースと一緒に遊ぶときは、いつもはマースが呼びに来る。
だから、今日は僕がマースの家に行ってやるんだ。
朝が弱い彼の一日は、いつも遊び仲間の少年が訪ねてきて始まる。
今朝はめずらしく朝早く起きることができた。だから今日はいつもと逆のパターンで相手の一日を始めてやろう。
友人の驚いた顔を想像して、こっそりと含み笑いを浮かべた。
「…あ」
勢い勇んで駆けていた子供が足をゆるめた。
――…そう、思ったんだけどなぁ。
「よ、ロイ!」
お目当ての少年がゆるいを坂道歩いてくる。
とくに驚いた様子もなく、手を振りながらのんびりと。
負けたわけではないけれど、また先を越された気分だった。
――ちょっとだけ、くやしいなぁって思うけど…、
「マース!」
すぐにどうでもよくなった。
それでもやっぱり少しだけ悔しくて、はにかみながら少年のもとへ駆け寄った。
少年も勢い良く駆け出して、二人で道を外れてどこへともなく走り出す。
「今日はなにして遊ぼうか」
いつもと違う一日が始まって、普段通りの時間が過ぎていく。
――ちょっとだけ遠い、きみの家への道。
なのに、近いなぁと思う距離。
距離を感じない、きみとぼくの距離。
2006/04/16