鋼の錬金術師

錬金術


 それは、彼にとって生まれて初めて見る錬金術だった。


 いつものようにロイの家へ遊びにきて、いつものようにエルザに通された。
 いつもと違っていたことと云えば、挨拶したときにロイ父親もいたことくらいだ。
「ロイー!おーい、ローイーっ!」
 広い屋敷の廊下を、マースは親友の名前を連呼しながら歩いていた。
 マースがロイを探すのは通例となっていて、彼はこの時間が宝物を探しているようで好きだった。

 ――うちの両親もすごい方だとと思ってたけど…、世の中上には上がいるって本当だなぁ…。

 マースは自身の両親のいちゃつきっぷりとロイの両親のとを比べてみて苦笑した。

 扉の向こうで、カタリと小さな物音が聞こえた。
 この家の大人たちは別の部屋でくつろいでいて、愛犬ジャックも庭でのんびりと日向ぼっこを楽しんでいる。とすれば、この部屋にいるのは…。

 ――そうでなきゃ、ネコかネズミだな。

 静かにその扉を開くと、目の前には丈の高い本棚がひしめいていた。その一つ一つに本がぎっしりと詰まっている。

 ――この部屋に入るのは初めてだな…。すっげー量。何の本だよこれ…。

 ひとしきり部屋を見回して、マースはずれてきた眼鏡を押し戻す。
 本棚の陰で小さな影が動いたのが見えた。
 マースは莞爾と笑ってそちらに足を向けた。

「あ、マース。」
 ロイは本棚の間の床へ直に座り込んで、夢中で読書にふけっていた。
 それはもう、マースがすぐ後ろに立って呼び掛けても何も反応が無かったくらい。
 それが面白くなくて、後ろから頬をむにっと引っ張ったらようやく気付いてくれて。
「さっきから呼んでただろ。返事くらいしろよなー。」
 そう言いつつも、その表情に不快なものなど微塵も無い。むしろ宝物を見つけたように輝いていた。

「…で、ソレ何?」
 マースは床に描かれた模様を指差す。
「れんせいじん、だよ。」
 自分よりも年下の子供にさらりと言われるも、何のことだかさっぱり分からない。
 そんなマースに気付かずに、ロイはその拙い練成陣にそっと手をかざした。

 バチッ!

 静電気が起きたような音とともに、青白い光が発せられる。
「できた!」
 ロイの嬉しそうな声とともにその光は消え失せ、マースは恐る恐るロイの手元を覗き込んだ。
 何もなかったはずの床に、出現したその歪なもの。
「……何コレ?」
「ネコ。」
 きっぱりすっぱり言われる。
 たしかに床と同じ材質の木で出来たネコに見えないこともないことはない、…かもしれない。
「れ…“れんきんじゅつ”ってヤツだろ!?初めて見た!デザインはともかく、すっげー!!」
 一部小声で、マースは興奮気味に“すげー!”を連発し、ロイは照れたようにはにかんだ。

 多少の落ち着きを取り戻したところで、マースの脳裏に一つの思案が生まれる。
「錬金術ってさ、壊れたものをくっつけたりとか…できるのか?」
「できるよ。…ちょっと苦手だけど。」
「ホントか!?じゃあさ…」
 そう言ってマースは眼鏡を外してロイに見せた。
「ここんとこをちょーっと壊しちまってさぁ。直せるか?」
 軸の部分をカタカタと揺らしてみせる。近い将来ぽっきりといってしまうだろう。
「かーさんにバレたら雷どころか拳固が降ってくるんだよなあ。」
「ん、わかった。やってみる!」

 新たな練成陣を描き、その円の中心に眼鏡を乗せる。
 ロイが円の縁に手を置くと、先程と同じように眩い光が放たれる。
 その光に慣れぬマースは思わず目を瞑る。
 光が収まり、裸眼でぼやける目を開いた。

「「………。」」

 二人は神妙な面持ちで顔を見合わせた。
「…ロイ、何だかワケのわからんモノになったぞ?」
「ごっ…ゴメン!もう一回やってみる!」

 本日二度目の練成反応。
「…ってロイ、なんじゃこりゃあ!?」
「あれぇ!?」

 二度あることは三度ある。
「うぉああ!!?」
「えぇー!?」


「コラ、ロイ!無闇に錬金術使っちゃダメだって言ってるでしょ!」
 いつの間にか背後に立っていたのは、マスタング夫妻だった。
 子供が騒がしいのは当然のことなのだが、いつもと様子が違ったので確かめに来たのだろう。
「「………ソレ、何?」」
 そして二人の足元に転がっている“ワケのわからんモノ”に目を留め、夫婦は子供たちに訊ねた。
「……マースのメガネ。」
 “だったもの”というのが正しい。
 ローザはひとつ溜息を吐いてロイと目線を合わせた。
「分かったでしょう、ロイ?中途半端な実力では危険だって。」
「……はい。」
 俯いていたロイだったが、しっかりと顔を上げて頷いた。
 厳しい表情をしていたローザの顔も緩む。

「分かったなら良し!もう、仕方ないわね、私がちゃっちゃと直してあげるわv」
「え…おばさんが!?」
 目を丸くするマースにセルディが笑いかける。
「ああ見えてね、ローザは錬金術師なんだ。僕のこの眼鏡だって彼女が直したんだよ。」
 先日ローザがぶん投げて破壊された彼の眼鏡は、その痕跡を残さずに直っていた。
「へーぇ…。」

「あっ。」

 マースが感心したように頷いていると、不吉なローザ夫人の声。
 ゆっくりと、嫌な予感を振り払うようにマースは振り返ってみる。
「…ごめんなさい。床と一体化しちゃったわ…。」
 マースの理解力を超えた返答に、眩暈がする気がした。
「……ただし、術の好調不調の波が激しいんだけどね…。」
 セルディがぼそりと呟いた言葉は、誰にも聞こえていなかった。

 エルザにみっちりと叱られて項垂れる母子を見て、マース少年は幼心に刻み込んだ。
 錬金術とは、錬金術師とは。
 “デタラメ人間の万国ビックリショー”である、と。



2005/05/15
というわけで、ヒューズ中佐によるの例の認識はロイのせいでした。
眼鏡は後日セルディさんと街まで買いにいったそうです。

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