鋼の錬金術師

ひととき


「いやぁ、まさか…」
 一度区切って、セルディ・マスタングはずり落ちてきた眼鏡を押し上げた。
 妻に放り投げられてレンズにヒビ、フレーム接合部分が歪む傷を負った眼鏡だが、掛け心地に多少違和感を残しながらも今ではきちんと彼の顔に納まっている。
「女の子に間違われていたとはね。」
 後に微笑ましい伝説として語り継がれることになる“マース少年求婚騒動”は無事(?)に収拾し、すでに当の子供たちは夢の中だった。
 思いもよらぬ騒動が起きたが、それでもあの子たちの信頼の絆は揺るがないだろう。
 明日にはロイが喚いてマースが謝り通す光景が目に浮かぶ。

 ローザもそれに同意して微笑み、彼に向き直った。
「それであなた、これはどういうこと?」
 何のことかとセルディは首を傾げた。とても齢30の士官には見えない。

 ――そんなところも可愛いのよねぇ…v

「“星”が減ってるわよ?あなたって大尉でしょう?」
 彼の軍服をひらひらかざし、肩の略章を示した。
「“線”が増えているだろう?見ての通り昇進だよ。」
「…それはオメデトウ、セルディ少佐殿。」
 ローザは拗ねた表情を見せて彼の隣に腰掛けた。毛先の方で束ねた長い髪が、ぱさりとソファに落ちる。
 昇進ということは、またさらに忙しくなるということで。
 妻の不満を察してセルディは苦笑して彼女の肩を抱いた。
「この仕事さえ済めば、僕も一つ所に落ち着けるよ。こっちの支部の席が空いているそうだ。」
「ふふ…それは支部への左遷ってことなのかしら?」
「上が経験を積んでこいとのお達しだ。」
「それはそれは…」
 大して昇進に興味の無い二人は、くすくすと笑い合た。

「しばらくはいられるけど…すぐにとんぼ返りして任務先へ行って、終わったら終わったで報告のためにまた戻ってきて…。そうしたら辞令を受け取って、こっちに軍籍を移して…。」
「……行ったり来たり大変ねぇ…。」
 指折りやることと日数を数える夫を呆れたように見遣った。
「…ああ、そうだな。――だから、」
「だから?」
 何となく、その続きの言葉は分かったけれど、彼女はあえて聞き返す。
 セルディは更に肩を抱き寄せた。
「こうしていられる時間は、一緒にいよう。」
 予想通りの答えに、ローザは目を閉じて彼の肩に寄りかかった。
「……ええ。」
「もちろん、ロイも一緒にね。」
「あら、それならエルザもよ。」
 そう言って、また笑い合った。

 ――…もーぅ…お茶が冷めちゃうじゃない…。

 ドアの前で、部屋に入るタイミングがつかめずに立ち往生するエルザの姿があった。
 入ったところで二人は気にしないだろうが、気にするのはむしろこちらである。

 ――まぁ、そんな二人が好きなんだけどね。

 結局、二人の話が一区切りつくまで待とうと決め込む。
 お茶も二人は熱いのは苦手だから、ちょうどいいかもしれない。
「お邪魔虫になる気はありませんからねー。」
 誰にともなく呟いて、彼女は微笑んだ。

 夜は静かに更けていく。



2005/04/06
バカップル…。この二人ラブラブです。あ、眼鏡はローズさんが錬金術で直しました。
またエルザさんも出せてよかったv

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