「ねぇマース、ロイはー?」
いつもの場所にいつもの遊び仲間と合流し、まっさきに問われたのがそれだった。
「……べんきょーの時間だってさ。」
「「「えーーー!?」」」
つまんなーい、と一斉にブーイングの嵐をマースが浴びるはめになる。
大人しそうな外見に似合わずロイは活発な子で、子供たちのリーダー的なマースと最初に仲良くなったこともあり、ロイはすぐに仲間の輪に溶け込むことができた。
そして、ロイはマースにとにかく懐いていて、皆と遊ぶときはいつも彼と一緒に来るのが通例となっている。
「しょーがねーだろ決まりごとなんだから。」
俺に言うなよ、とマースも口を尖らせたのだった。
――…とか言っておきながら…。 俺もほんっと、ワルガキだなぁ。
マースは的確な自己分析を下し、大きな邸宅を見上げて二階のバルコニーを指差した。
「あそこがロイの部屋だってさ。」
マースとその一党は、ロイに会いにマスタング邸に忍び込んだのだった。
小豆大の小石を拾い、狙いを定める。
「ガラス割るなよー。」
「分かってるって、そんなヘマしねーよ。」
仲間の忠告を素直に受け取って、マースは小さな小石を投げた。
石は弧を描いてロイと彼らを隔てるガラスへ吸い込まれていった。
「むーぅ…。」
ロイの読書の手は、なかなか進まなかった。
昨日と同じように部屋を抜け出そうとした結果、マスタング家のお手伝いさんであるエルザに見つかり、部屋に放り込まれたのだった。
勿論、昨日勉強をサボったことはお見通しで。今日の玄関付近の警備は万全である。
「うー…。」
ロイは頬を膨らませ、何度目か分からない唸り声をあげた。
カツン
静かな部屋に、その音が妙に大きく聞こえた。
ガラスに何かがぶつかった音。
「……?」
ろくに集中などしていなかったロイは、一度気にしてしまったら気になってしかたがない。
廊下にエルザの気配が無いことを確認して、そっとベランダに歩み寄った。
キィと小さな音がして、窓が開いた。
「ロイっ!」
声を殺して呼びかけてみると、手摺のところまでとことこ駆け寄ってくる小さな影。
「マース!みんなも!」
予想通り、嬉しそうな顔をしたロイが顔を出した。
しーっと人差し指を立ててクスクス笑い合った。
「来られないのかー?」
「うー…ムリー。」
小さな声と大げさな身振り手振りで伝達し、マースは腕を組んで考え込むポーズをとった。
なんだか物語でこんなシーンがあった気がする。でも確かあれはコイビト同士のお話で…あーでもロイとならコイビトでもいいなー。…じゃなくて。
脱線していく思考を戻しつつ、マースは“一本樹の家”の象徴である樹を見上げた。
「……登れなくはないか…。」
ぼそりと呟いたのを聞いたのは、下にいた子供たちだけだった。
「ローイ、とりあえず今行くから待ってろよー。」
「え…? うん。」
心配する友人たちを背に、マースはバルコニーのちょうど横に伸びる枝を目指して樹に足をかけた。
その一部始終を目撃している目に気付かずに。
「おまたせ、お姫さま」
「…何ソレ?」
本当は死ぬほど怖かったマースだが、ロイに会えただけでそれも吹き飛んだ。
「あれ?本当は12時にお姫さまが髪を伸ばして、王子さまをカエルから人間に戻すんだっけ…?」
その言葉にロイは更に混乱し、色々な物語がごちゃごちゃになっているマース少年だった。
「それで、ロイは高いところ、平気か?」
マースの言わんとしていることに気付き、ロイは元気良く頷いた。
「うん!」
「よっしゃ!決まり!」
共犯決定。
「よーし、もう少しだぞローイ!」
「うわ!」
「ロ…ぐへっ」
一足先に下りたマースが、お約束通り足を滑らせたロイの下敷きとなった。そう高さはなく、惨事には至らなかったが。
心配する仲間たちの声に混じって、クスクスと笑い声が混じる。
「見ーちゃった」
「お…おかあさん…。」
窓枠に腕を乗せて微笑ましい光景を見守っていたのはローザ夫人だった。
彼女の部屋はロイの部屋の真下で、すべて丸見えだった。
「いらっしゃい、ロイ。」
ロイは渋面をつくって起き上がり、言われた通りに窓へ歩み寄る。誰もが脱走失敗と思ったが。
ぽん、とロイの頭に何かが置かれる。
「皆で食べなさい。ジャックを連れて行くならいいわよ。」
ロイの頭に置かれた包みからはクッキーの香ばしい香りがし、まだ少し温かかった。
ぽかんとしているロイに、ローザはにっこりと微笑んだ。
「早くしないと、こわーいエルザが来るわよー?」
見計らったかのようにローザの部屋の扉がノックされる。
「ローザ様、お茶を……ってロイさま!一体どこから!?」
「わあ!?ジャック、おいで!」
わんっと一声鳴いて、庭で待機していたロイのボディーガードのジャックが駆けて来る。
「ロイさまっ!!」
「逃げるぞ、ロイ!」
「うん!!」
子供たちは一目散に駆け出し、あっという間に見えなくなり、ローザは繋がれたマースとロイの手を見て、静かに微笑んだ。
「ああもぅ…。ローザさまも止めてください…。」
「ごめんなさいね。でも、本ならいつでも読めるわ。」
エルザが半分諦めたように言い、ローザは笑みを絶やさず返した。
「それに、友人は欲しいときに手に入るものではないでしょう?」
「…ローザ…さま。」
ローザは律儀な親友に肩を竦めて苦笑した。
「エルザ、お茶にしましょう。あなたの焼くお菓子は絶品ですもの」
「そう言ってもらえると嬉しいわ――ローザ。」
エルザはティーポットからカップに紅茶を注いだ。
親友の好む、多めの角砂糖とミルクを添えて。
2005/03/24
新キャラ、エルザさん。マスタング家の家政婦さんです。彼女の細かい設定は使いそうに無い…。それどころかこの先出てくるのか…?
それと、ちらっと書きましたが、マース君はとんでもない勘違いをしています。ある台詞を言わせたいがために(笑)