空高く舞い上がる粉塵。
その黒い煙を背景にして視界に映る、“焔の錬金術師”。
「何を泣いているのです?」
一瞬だけ、彼の肩が震えた。
ロイ・マスタングとは、今回チームを組んでいた。同じ系統の術であることが理由らしいが、正直そんなことはどうだっていい。指定された範囲を殲滅すればいいだけだ。
自分に割り振られた地区が終わり、合流地点に向かう。ここで焔のと合流して、下士官が迎えに来ることになっている。
視界が開けすぎているから単独で向かった方が発見される危険が低いと言われた。つまりは、都合と効率のいい兵器ということだろう。
別に、気にはならない。むしろ興味深い舞台が整っていて有難いくらいだ。
思う存分、この練成陣を試すことができる。俺にとって、ここはその程度の場所。
「遅いですねぇ、焔の錬金術師殿は。」
暑い。とにかく暑い。乾燥していると爆破させたときに余計な埃が舞うから困ったものだ。眼に入って鬱陶しい。まぁ、空気が乾いていた方が綺麗な音が聞けて好きなんだが。
しばらく前に焔のらしい爆破音が聞こえたから、もう終わっていると思うのだが。今もその方向に煙が上がっていることだし。
「仕損じて、殺されてしまいましたか?」
そうだとしたら、残念なことこの上ない。あの美しい焔には興味があったのに。
ひょっとしたら、敵の手に落ちて虜囚となっているかもしれない。そうだとしても、こちらに救出する義務はない。ただ焔のの詰めが甘かっただけのこと。
それでも、焔のに興味があるのは事実で。迎えの車が来るには時間があって。
噴煙の如く立ち込める、焼け野原であろう方向に足を向けた。
「これはこれは…。」
想像以上に黒焦げだ。やはり“爆破”と“燃焼”では根本的に違うらしい。
“壊す”だけの俺と、“無に帰す”焔の。
少し見かけただけだが、あの陣なら酸素での燃焼だけでなく窒素や二酸化炭素の他アルゴンの濃度も調整できそうだ。焔を操るというよりも空気を操るといった印象を受けるな。水を分解して水素を……と、どうにも考え始めると止まらなくなる。全く、錬金術師の性と云うものは…。
そして。
空高く舞い上がる粉塵。
その黒い煙を背景にして視界に映る、“焔の錬金術師”。
焔のの表情は、その背中の気配で何となく分かった。
「何を泣いているのです?」
ほら、肩が揺れる。動揺を隠せないほど、俺の存在に気付かないほどこの光景に見入っていたのか?…否、自分で言うのも何だが、そんな物好きは俺くらいのものだろう。
嗅ぎ慣れた煤の臭いが、風に運ばれてくる。
「……泣いてなどいない。」
存外にはっきりとした口調。
それでも白い手袋が目元付近に上がっていく。
その手を掴んで、振り向かせた。
「……っ!?」
両の手を封じられ、睨み上げられる。
「ホラ、泣いているではありませんか。商売道具の発火布とやらが濡れますよ?」
零れてはいないものの、黒々とした瞳は水分の幕に覆われ、光っている。
「泣いてなどいないと言っている!塵が眼に入っただけだ!!――離せ!!」
成程。そういう言い訳があったか。いたぶるのも…面白いかもしれない。
「“自らが作り出した塵”でとは皮肉なものです。ああ、ひょっとしたらその“塵”、数刻前までは“人間だったモノ”の名残かも知れませんねぇ。」
「ッ!!!」
黒曜の瞳が見開かれる。一番触れてほしくないモノらしい。あの焔のにべったりとくっついている眼鏡の大尉がいたら、俺を殺しにかかるかも知れない。
「そんな顔をして。国家錬金術師の仕事をこなしただけではありませんか。一体どうしたと云うのです?」
「――。」
…おや、案外脆いな。
「おやおや、これはとんだ甘ちゃんだ。」
一筋、白い頬を雫が伝う。
砂漠地帯にいるというのに、これだけ白いのも珍しい。ああ、だから夜半一人で上官のテントに向かうことが多いのだろうな。幼さを残した顔立ちもそそることだろう。
迎えの車が来るには時間があって。
内に燻る、感情。
高揚感、とでも云おうか。
舌を伸ばしてみた。塩気と微量の煤の味が広がる。それと、舌に残る滑らかな感触。
心持丸顔の頬は舐め心地がいい。ついでに耳も舐めてみる。
「…っ、なにを…!」
逃れるように顔を背けられる。分からないのか?処女じゃあるまいし。
「ああ、すみませんね。手が塞がっているもので。」
足払いをかけると、あっさりと組み敷かれてくれた。
「――紅蓮…の……?」
そういう表情で、無能な上官を無意識にでも誘っているのか?
「戦場で情を結ぶことくらい、別に珍しいことではないでしょう――焔の?」
知らず、笑みが漏れた。
内に巻き起こる、感情。
劣情とでも名付けようか。
微かに漂う、金臭さ。どうやら裂けてしまったようだ。そんなに慣らしもしなかったから当然だが、正直キツイ。むしろ痛い。まだ半分も入ってないんだが。
「ぐ…れんの…っ、や・め…ッ」
堪えるように首を振る。その度、額にかかる位に切り揃えられた前髪が揺れた。弱々しく胸を押してくる両手の、右手袋は指先がべたべたに濡れ、使い物にならなくなっている。
「折角ですから、左側の発火布も濡らしておきましょうか。ねぇ、焔の。」
右側にしたように、その焔を生み出す源である指先をねっとりと舐め上げる。すぐにその布は本来の役目を果たせなくなった。
強引に、突き入れる。呼応するように声が漏れ、細い眉が歪んだ。
焦れて、一気に押し込んでみた。
「あ…ぐ……ッ」
痛みに見開かれた眼。細い喉が綺麗に仰け反った。その首筋に、噛み付くようなキスをした。
肌蹴られた上半身。小さく立ちあがる突起に吸い付いて舌で転がしてみた。もう片方は指で摘んで。そうすると痛みだけではない声が漏れた。
大分慣れてきた。少々乱暴に揺すり上げる。締まりは女のそれよりいいかも知れない。
ふと、ある部分を掠めた瞬間、明らかに違う反応を示した。
「へぇ。ココがイイんですか?ああ、“前立腺”というやつですね?」
「や…あぁああっ、ん…く・ふぅ…ッ」
そこを執拗に攻め立てると、痛みで萎えていた焔のが勢いを取り戻し始める。先端からは興奮を示す液体が溢れ出て、添えた手を濡らした。
「い…あッ…!ぐれん…の…っ、も…」
「イキそうですか、焔の?――でも」
髪を解いて、髪紐で根元をきつく縛った。
「痛…っ」
「まだイカせませんよ…。」
解いた俺の髪先が胸を掠めるだけでも感じるのだろう。その度に体が強張り、後ろを締め付ける。
ああでも、髪が鬱陶しい。解くのではなかったな。
「ど…うして…こん…な…っ」
涙で濡れた、漆黒の瞳。寄せられた眉。
その表情が嗜虐心を煽るのだと、まだ気付かないのか?
「――“何故”? “罰”ですよ。罪深く愚かなあなたへの。」
別に、理由なんてどうだっていい。
「なのに誰も裁いてはくれない可哀想なあなたに、私が罰を下しているのです。」
内から滲み出す、この感情。
この感情に、なんと名前をつけようか。
「分かりますか?ロイ・マスタング。」
彼はただ目を閉じ、濡れた睫毛を雫が伝った。
“詭弁だ。”
普段の彼なら即答して一蹴するだろう。
だが、今だけは俺に身を委ね、罪の涙を情交の涙と誤魔化すだろう。
そして我に返ったとき、そのことを悔やみ、俺を睨むことになる。
だって、ホラ。
今でもその瞳、罪と快楽に揺らいでも、焔は決して消えてはいないから。
ああ、綺麗だ。ぞくぞくする。壊してみたい。
脆く、儚く、強く――美しい。
この戦場という環境で“壊れて”しまうのなら、――いっそ、この手で…。
ああ、でも。この焔はどのようなことをしても壊れることはないのだろう。
だから、面白い。
だから、
「アイしていますよ、――ロイ・マスタング…。」
不規則に喘ぐその口唇に口付けた。
この感情に、何と名前をつけようか。
2005/07/16
キンブリーは心の内での一人称は“俺”かな、と。あと、キレると素が出るのか“俺”って言います(My妄想)。
そんなキンさんを目撃したって人は余りいないと思われますが、ロイさんの前ではポロっと言っちゃうことがある模様。それも一種の愛。