鋼の錬金術師

imitation


 荒涼たる砂漠の地に連れてこられたとしても、鑑定医のすることに変化はなく。
 今日の分の仕事をするためにいつもの場所に行くと、やはりそれを作り出した張本人がいた。
「また見てくのか?」
 国家錬金術師ロイ・マスタング。二つ名は、“焔”。
 椅子に逆側から腰掛け、背凭れに腕を組んで顎をのせたまま、彼はただ頷いた。
 自分のしたことを忘れまい、とでも言うのだろうか。
「邪魔だけはすんなよ。」
 鑑定医はそれだけ言って、死体のカバーを剥ぎ取った。

 人は焼かれると熱の作用で筋肉が収縮し、腕や足の間接が曲がってボクサーが身構えるような姿勢になることが多い。
 体の外側は丸焦げで真っ黒でも、内側は大抵残っている。
 その遺体が火傷で死んだのか一酸化中毒死なのか、外部所見だけでは判断できない。
 そのため、解剖により気管や気管支、肺などに煤を吸っているかどうかを調べる。


「………ッ!!」
 作業が進む中、ロイは咄嗟に口元を押さえた。
「おい、吐くんならあっちの……」
 嘔吐感に耐え切れず、ノックスが言い終わらないうちに駆け出す。
「合点承知…ってか。」

 ――俺も若いころは吐いたことあったっけなぁ。

 苦しそうに嘔吐くのを聞きながら、ノックスはそのまま淡々と作業を続けた。


「懲りねーな、お前さんも。そう何度も吐いてっと吐き癖つくぞ?」
 解剖を終えて手を拭いながら現れるのを見て、ロイは何も言えずに憮然とノックスを睨む。
 何分吐いたのは一度や二度のことではないので何も言い返せない。
「それに、メシはちゃんと食え。」
「…食事なら摂っている。」
 ノックスはロイが吐いたバケツを横目で見遣り、大仰に溜息を吐いてみせた。
「胃液ばっかじゃねーか。そんなに早く消化するかっての。…まぁ、吐いちゃ意味ねえか。」
 さしものロイも年の功な上同じ陣営に属し、鑑定医で人体に詳しいノックスに健康面で嘘が通るはずもなく。
 さらに機嫌が下降する。

「それから、ソレ。」
 機嫌の急降下を気にする風もなく、ロイの頬についた傷を指差した。
 大方爆風に飛ばされてきた破片が掠ったものだろう。
「唯一の取り得の顔に傷作りやがって。」
「唯一とは何だ唯一とは!こんな掠り傷くらいでガミガミと…」
「その掠り傷を舐めるな…って馬鹿、擦るなっての。お前さんに言わせればナイフで刺されようが銃で打ち抜かれようがみーんな“掠り傷”ってことにしちまうからなぁ。困ったもんだ。」
「あいにくだが、ナイフで刺されたこともなければ銃で撃たれたこともないぞ。」
 わざとらしく肩を竦めるノックスに噛み付いてみる。
「今の所、だろ。こんな状勢じゃいつそうなってもおかしかない。そういや、このまえ焼けた石にうっかり触れてつくった火傷も掠り傷とか言ってたけどな。」
「………。」
 何だか負けたような気がしたものの、
「そんなことより消毒してやるからこっちこい。雑菌でも入ったら洒落にならん。」
 ノックスの言うことも最もで。ロイは大人しく従うことにした。


「痛っ!」  消毒剤の染み込んだ脱脂綿が傷口にしみて、ロイはノックスを睨みつけた。
「…もう少し患者を労わったらどうだ。」
「ゼータク言うんじゃねぇ、クソガキが。」
「クソガキとは何だヤブ医者!」
「お前なぁ…年長者には敬語を使え。ちったあ敬え。」
「今更あんたに敬語なんか使ったって仕方ないじゃないか。」
 銜えたままの楊枝をプラプラと動かす。
 ロイが敬語を使い自分を敬う様を想像して、居心地悪そうにノックスの眉間に眉が寄った。
「…それもそうだな…お前さんに敬語使われても気味悪ィ。……それと、」
 ぺちんと、乱暴に絆創膏を貼り付ける。

「俺は医者なんて呼ばれる存在でもねえ。」

「……資格は持っているんだろう?」
「当たり前だっての。そうでなけりゃ完全なモグリだろうが。こんな堂々としたモグリがいるか。まぁ、死体専門の医者ってか。」

 ――あんたならモグリでもやっていけそうだけどなー…ていうか、外見と態度はモグリっぽい。

 そう思ったものの、無駄な言い合いに発展しそうなので胸の内に秘めておく。
「――それなら、私も同じなのだろうな。」
「はあ?」

「大衆のためにあるべき錬金術で人命を奪い、何も生み出さない。国家資格を持つ者など他の術師からすれば、錬金術師とは呼び難いものだろうよ。」

 怪訝そうな顔をするノックスに構わず、ロイは淡々と言ってのける。
「…そういうもんかねぇ。」
 ぶっきら棒に言って、手持ち無沙汰に使い古して微妙に曲がったピンセットをぐにぐにといじった。

 ペキン

 小さな音を立てて、折れる。
「…っと。あーあ、やっちまった。備品も十分な量とは言えねーってのに…。」
 乱暴に扱うからだと毒づくロイにノックスは向き直った。
「おい、大衆が困ってんぞ。お前さんなら軽いだろ。」
「ん…まぁこのくらいなら簡単だが。」
 懐からチョークと取り出すと、机の上に円を描いて線を足し、簡素な練成陣を描く。
 箸状態になったピンセットを中央に置き、手をかざす。
 一瞬の閃光の後、そこには磨耗して折れたあとも残さず、それは新品のような状態で蘇っていた。
「さすがだな、錬金術師。」
 興味深げにピンセットをカチカチならして眺め、感嘆する。
「このくらいなら基礎を学んだ者なら誰にだってできる。」
 事も無げに言ってのけるが、その基礎を学んだところで一般人の脳みそはパンクしてしまう。
 やはり錬金術には努力は勿論、ほんの少しの才能が必要だったりもする。

「……俺みたいな一般人から言わせてもらえばな、」
 にやりと、ノックスの口角が持ち上がる。


「資格もっていようがいまいが、術師は術師だぞ。“FLAME ALCHEMIST”。」


 一瞬呆気に取られたロイだが、
 ノックスの挑戦的な表情に、負けじと不敵な笑みを貼り付けた。


「素人から言わせてもらえば、鑑定医の貴方だって医者は医者ですよ。Dr.ノックス。」


「生意気言うじゃねぇか。」
 ロイは乱暴にはられた絆創膏を指差した。
「一応傷の手当だってしてくれるし。」
「何言ってやがる。そのくらい洟垂れのガキにだってできるっての。」
 お互いににやりと笑い合って存在を確かめ合う。

 誰かが認めてくれるなら、イミテーションは本物になる。



2005/08/24
いい締めが思いつかず、やや尻つぼみ…。でもノックスとロイの遣り取りは楽しかった。あれでも会話削りました(笑)
イシュヴァールで何があったのか気になって仕方ありません。

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