“賢者の石”を求める旅の途中、エルリック兄弟は顔見知りの大佐がいる東方司令部に立ち寄っていた。
「なあ、ハボック少尉の特技って何?」
不意に問われた質問に、ハボックは即答できなかった。
「特技…特技ねぇ…。」
銜え煙草のままソファに深く腰掛け、エドワードにかからないように煙を吐いた。
東方司令部の副司令官であるマスタング大佐直属の部下たちは、皆一芸に秀でている。
副官であるリザ・ホークアイ中尉は優秀な秘書であると同時に、彼の身辺警護をも受け持つ敏腕スナイパーである。銃で彼女の腕に勝る者など、そうはいないだろう。
他にも、剛胆な外見にそぐわず緻密な戦略を立てるのが得意なハイマンス・ブレダ少尉。凄まじい記憶力と知識を持ち合わせるヴァトー・ファルマン准尉。機械いじりが趣味で特技のケイン・フュリー曹長。
「あー…。そういや俺って特技って言えるような特技は無いかもなぁ…。」
「えー!?何かないのかー?」
汽車の発車時刻までどうにか暇潰しをしたいらしいエドワードは尚も食い下がる。
「んなこと言ったってなぁ。俺頭悪ィし。士官学校だって成績順位表は下の方見れば俺の名前はすぐ見つかるし、マジにギリで卒業できたって有様だしなぁ。まあ、銃の腕には覚えあり。体力も人並み以上ってのは自負してるけどな。」
どうだ?と言うように身を乗り出すも、
「…なんだ。デカイ体力バカかぁ…。」
「兄さん、そんなこと言って…。少尉に悪いよ。」
ばっさりと斬り捨てられる。
アルフォンスが兄をたしなめるも、事実なだけに何も言えないハボックはがっくりと項垂れて紫煙を燻らせる。
「……ああ、でも。特技とは言い難いけど…。」
一旦言葉を切ったハボックは顔を上げ、得意気に笑った。
「やっぱ図体だけはデカイから、いざって時は大佐の弾除けの盾にくらいはなれるな。」
「馬鹿者。」
ハボックの頭を書類の入った封筒で小突かれる。振り返ると上官であるロイがいた。
「な〜にするんスか大佐ぁ。部下が命張って上司守ろうってんですよ〜?」
ロイは不服そうに頬を膨らませて、ハボックに顔を突きつけた。
「どうせなら“生きて守り抜く”位の根性を見せてみろ!だから甲斐性無しだというんだ!」
真っ直ぐに黒曜石の瞳で射抜かれ、出来ないのか?と言うように微笑まれる。
そんな魅力的な笑顔を見せられるから、この人から離れられない。
何が何でも守ってやろうと思わせる。
自分の命を賭けようと思う。
だから。
「…そーっすねえ…。」
ふと、ロイの背後に立つ彼の美人秘書と眼が合った。
肩を竦めて、珍しく微笑みを向けられた。
彼女もハボックと同じなのだと思うと、妙に嬉しくなる。
「返事は?ジャン・ハボック少尉!」
自身が惚れ抜いた上官が求める返答は、一つ。
ハボックは極限まで短くなった吸殻を、指先で潰した。
「Yes,Sir!」
あんたのその笑みを見られなくなるなんて、勿体無さすぎる。
2005/07/11 再UP
うっかりファイルを消してしまったらしく、残っていたメモ帳から再UP。
手直し前のものなので、前とちょっと違っている部分があるかも…。