鋼の錬金術師

Retire Side:Havoc


「俺の両足、感覚無いんスよ。」
 そう告白して、当たり前だけど中尉は酷く驚いていたみたいだった。
 でも、すぐ隣にいる大佐の表情から、感情を読み取ることはできなかった。

 普段はあんなに笑ったり、怒ったり、拗ねたり。見ていて面白い程コロコロ表情を変えるのに。
 こういう時は、全く表情が動かなくなる…。


「…ハボック。」
 中尉が出て行って、どれくらい経っただろうか。
 不意に大佐に呼ばれて、俺は左側に視線を巡らせる。
「何スか?」
 口元が寂しい。だけど病院で患者が吸うわけにもいかないしなぁ…。
「…本当…なのか?」
「こんな嘘ついて何になるってんスか。」
 主語の無い問いかけだが、この状況じゃ足のことしかないだろ。

 大佐が起き上がって俺のベッドに腰掛けてきた。
 包帯の巻かれていない左手で、ポンポン布団を叩いてくる。
 …違う。
 大佐は布団じゃなくて、俺の脚を叩いているんだ。
「残念ですがね、大佐。何も感じないんですよ。」
「…ここもか?」
 多分俺の膝あたりを叩いていた大佐の手が、腿の辺りを同じように叩く。
「……だから、言ったでしょ?“一抜けた”って。」

 左手で、大佐の右頬に触れる。
 まったく、顔に傷まで付けて。大したこと無いだろうからすぐに消えると思うけど…。
 前はもっとふっくらしてたのになぁ…。ま、ここは病院だから、嫌でも食ってくれるだろうから安心だな。
 ヒューズ…准将のことで必死になる気持ちは、俺だって分かる。
 …けど、大佐とあの人はそんな関係じゃないって知ってはいても、―――未だに妬ける。

「あまつさえアンタと同室で二人っきりだって云うのに、あーんなことやらそーんなことも出来ないんスよ?全く、これじゃ蛇の生殺しっスよ!」
「……オイ…。」
「こんなんじゃ、アンタの後ろを歩くことも出来ない…。だから、大佐…」
「それなら、」
 真顔になった俺の言葉を遮るように、大佐が言った。

「私が上に乗ればいいことではないか。」
「………は?」

 そんなさらっとアンタ…。何言ってるか分かってんのか?
「あの…アンタ何する気っスか?」
 人のズボン前までくつろげてくるし。
「何だ?ここの感覚はあるんだろう?」
「ええ。そこんとこはバリバリに…じゃなくて!人がマジメな話をしようと思ってんのに!!」
「…先に不真面目な話をしてきたのはどっちだ…。」
 ああ、もう…。その上目遣いに弱いんだよな俺…。大佐の方が背低いから年中無休で上目なんだけど。
 ちくしょう、呆れたようなその表情さえかわいい…!!
「…私からするのがそんなに嫌なのか…?」
「イエ、とてつもなく喜ばしいことっス」
 ……ってそうじゃないだろ、俺。
「お互いヤケドっ腹なんスし。……大佐」
「黙っていろ…。」
 そう言うと跨ってきて、珍しく自分から口付けてきた。


「…っは…あっ、く…」
 僅かに濡れた音と、声を殺した荒い呼吸音が部屋を満たしている。
 大佐は下には何も身に付けていなくて、上着も前が全開で衣服の意味を成していなかった。
 腹に巻かれた真っ白な包帯が、痛々しくて…。まあ、俺も似たような腹なんだけど。

「大佐、無理しないで俺に寄っかかっちゃってくださいよ。」
「だ…が、お前に負担が…」
 …そう思うなら最初からしなければいいのに。
 俺もしたかったから人のこと言えないけどさ…。
「人のこと言える腹っスか。それにこのままじゃ俺もアンタもイケないでしょ。」
「う…。」
 そっと抱き寄せると何の抵抗もなく俺に凭れ掛かってきて、首に腕を回してきた。
 大佐の熱い吐息が、耳にかかる。

 足は動かなくても、腹が痛くても腕は動くわけで。
 腕の力だけで大佐を揺り動かす。
「あッ…!…ふ…ぅ、んっ…!」
 ここは病院だから余り大きな声を出すわけにはいかなくて。大佐は必死に俺の肩に顔を埋めて声を殺していた。
「あんまり…声出すと、美人の看護師さんに聞こえちまいますよ?」
 余裕ぶって言ってみるけど、俺も正直限界近かったりする。
「うるさ…い…っ」
 いつものように返される。

 バカみたいに腹が痛いのに、久しぶりにする大佐との行為の快感の方が断然に勝って。

 肩に濡れた感触を感じる。
 ああ、泣いてるんだな。
 昂ぶったのか、それとも…。

 アンタは、何かしら理由を付けなければ泣けないひとで。
 腹の焼き方一つとっても分かるように、自分のことはかえりみないくせに、他人には優しくて…。
 そんなアンタに、誰かを捨てさせるなんて…本当に不甲斐無いな、俺ってやつは…。

 正直、離れ難い。
 一生を賭して守ると誓ったのは嘘でも冗談でもない。
 自分の歩む道を真っ直ぐに、迷うことなく見詰めるアンタを守る位置にいたことは、俺の誇りだ。

 だけど…否、だから足手纏いなんて真っ平ゴメンだ…。

 だから大佐、頼むから…。


 ――俺を、切り捨ててくれ…。


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2005/06/05

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