俺の足のことを知って大佐は…その話題に触れないようにしているのがバレバレだった。
どうしてこんなことになったのだろう。
「アンタ…分かってんのか…?」
確か、有り触れた世間話をしていたのに。
「俺のこんな足じゃアンタの弾除けにもなれねぇんだ!!」
俺の話をそらして煮え切らない態度をとり続けるアンタの胸倉を引っ掴んで、
「アンタ司令官だろ!その上を目指してるんだろ!?」
いつもの微妙な敬語さえ忘れて、
「“駒”の捨て時ってものを考えろ!!」
……ぶちまけていた。
いきなりで、驚いた。
あいつがあんな風に怒鳴り散らすところを初めて見た。
多分部屋の外まで響いていたと思うが、なるべく人を近づけないようにしているから大丈夫だろう。
曹長を驚かせてしまったかな。…察してくれたようで、中には入ってこなかったが。
そう言えば…ハボックが私にあんな態度をとるのは、初めてだった。
素のあいつの…本心なのだと思う。
お互いに顔を合わせるのが気まずくて、早々に床についた。
眠れずに、すぐ隣にいる相手の気配がいつもより強く感じられる。
お互いの呼吸音を確かめて、そこにいるのだと安堵する。
どちらが先に眠ったのかは定かでなく。それでも、いつの間にか二人とも眠りについていた。
薄ら明るい朝の光とささやかな鳥の声、部屋の中で誰かが動く気配で俺は目を覚ました。
朝起きると大佐の方を見ることが、何となく習慣になっていた。
珍しく、俺より先に起きていて。
「……大佐…?」
呼びかけても、こちらを振り返らずに。
大佐は、軍服の上着を羽織っているところだった。
何だか、大佐の軍服姿が久しぶりに思える。
そして、どことなく遠いものに見えた…。
医者からまだ退院許可はおりていないはずだ。
にも関わらず、その濃紺の軍服に袖を通した。
「……分かってくれたんスね大佐…。」
つまり、そう言うことだろう。
「ふざけるな。何故私がお前の言うことなど聞かねばならんのだ。」
「…っ、何度言わせれば…」
「私は、お前のことで振り返らないと決めた。」
「だから、お前の方が付いて来い!」
ハボックが起きるとは、思っていなかった。
あいつが起きる前に行こうと思っていたから。
女々しいとは思ったけれど、ぼんやりとあいつの寝ている姿を見ていたら、つい時間が過ぎてしまった。
「這いずってでも私の隣を歩いて、」
一晩中考えたけれど、
「また私の後ろを守ってみせろ!!」
切り捨てるなんてこと、私には出来そうにないから…。
お前は、また“甘い”と怒るだろうか?
大佐は、こちらを振り返らなかった。
それでも、表情は手に取るように分かってしまう。
一晩どころか、俺の足ことを知ってからずっと考えていたに違いない。
今足が動いたなら…―――抱き締めてしまうだろう…。
待っていてくれる訳ではないことは分かっている。
追い付かなければ置いていかれる。
それでも…居場所を残してくれる。
「……っ、Yes,sir!!」
歯食い縛って、腹の底から敬礼を返した。
「…全く、病院では静かにしないか。」
溜息を吐きながら一度だけ振り向いた大佐は、まるでいつものようにサボりに行くような口調で。
「腹にも響くだろう、――馬鹿者が。」
いつだったか、俺が馬鹿やらかした時の呆れたような表情で。
それ以上何も言うことなく、もう俺の方を振り向くこともなく。
早朝の静かな病院の廊下へ、足を踏み出した。
2005/06/26
置いていく方も置いていかれる方も辛いでしょうねぇ…。
お互いにいつでも傍にいることが当たり前だったから、尚更に。