鋼の錬金術師

Gの悲劇


 治安が良いとは言い難い東方司令部。しかし、今日はテロも事件もない珍しく平和な日だった。
「ぎゃあああああああ!!!」
 …はずだった。
 上司であるロイの、尋常ならぬ悲鳴を真っ先に聞き付けたのは、休憩の合間に煙草を燻らせていたハボックだった。

 ――今日事件が何もなかったのは(愛しの)大佐を狙うためだったのか!?はっ…それとも大佐を(良からぬ意味で)付け狙う輩が窓からでも忍び込んだとか!?嫌がる大佐にあーんなことやそーんなことを強要し……(以下略)

 と、とても口には出せないような妄想を脳内で展開させながら、ハボックはフルスピードで悲鳴の発信源である執務室へと走った。
 重厚な造りの扉を背に、腰のホルスターから拳銃を抜く。耳をそばだてて中の様子を窺うが、物音は無い。
 嫌な予感を振り払うように一呼吸置いて、扉を蹴り開けた。反撃にそなえ、銃を構える。
 ハボックの目に映ったのは、怯えるように壁に背を貼り付けているロイの姿だった。外傷らしきものは見当たらない。
「大佐…良かった、無事でしたか…。」
 とりあえず上司の無事を確認し、ハボックは肩の力を抜いた。
「ぶ…無事ではない!ヤツは…ヤツはまだこの部屋に…!!」
 ロイの狼狽振りに、ハボックに再び緊張が走る。注意深く部屋を見渡すが、二人以外に人影は見当たらない。
「誰も…いないっスよ?まさか机の下に隠れているわけでもあるまいし。」
「察しがいいなハボック。そうだヤツはあの机の下に…」
 ハボックが机に目を向け、ロイが言い終わらないうちに、床と机の隙間からナニかが這い出してきた。
 ハボックの顔から緊張が解けてアホ面になるのと、ロイの言葉が叫び声に変わったのは同時だった。
「いやだああああ!来るなあああぁああ!!」
 それは主にキッチンに出没し、長い触角と脂ぎって黒光りする体を持つ。所謂、ゴ○ブリであった。
「ジャン・ハボック少尉!!」
 こんなアホらしい状況でも姿勢を正してしまうのは、軍人の性だろうか。長身をしゃんと伸ばし、分かりきった指令を待った。
「今すぐ退治したまえ!!」
「Yes,sir…。」
 本棚の隙間に潜り込んだのを傍目で確認し、ハボックはゴミ箱に突っ込まれている新聞紙に目をつけて武器にせんと筒状に丸めた。
 その隙に、ゴキ○リはハボックの不穏な気配を感じ取ったのか本棚の下から抜け出し、あろうことかロイの元へと全力疾走を開始した。
「うわあああ!!ハボックハボックーーーっ!!」

 ――ああ大佐、あんたのピンチに俺を頼ってくれるんスね…。

 悦に浸っている場合ではなく。ロイは恐怖のあまり発火布を繰り出しそうな勢いだった。
 それだけは頂けない。下手をすれば司令部の一つや二つ簡単に消し飛ぶ。
「大佐ああああ!!」
 ハボックが新聞紙を振り上げた瞬間。
 正式軍用拳銃の銃声が鼓膜を叩いた。

 床に銃創を作り、哀れゴ○ブリはその肢体をバラバラに砕かれた。

 開け放たれた扉の前に立っていたのは予想通りの人物で。ホークアイ中尉は自身の愛銃をホルスターに戻しているところだった。
「ゴキブリの一匹や二匹でそんなに大騒ぎしないでください、大佐。」
「ちゅ…中尉〜〜っ!!」
 ロイは安心したのかホークアイに縋り付く。ホークアイも口調こそ呆れた色を含んでいるものの、その表情は息子をあやす母親そのものだ。
「ハボック少尉。」
 丸めた新聞を掲げたままという間抜けな格好のままだったハボックに声をかけたのは、ロイの背を猫にでもするように撫でるホークアイだった。
「後始末をお願い。」
「…Yes,ma'am!」
 ハボックは姿勢を正し、最敬礼をした。
 この人だけは、敵に回すまいと心に誓いながら。



   おまけ
 ハボックは武器としては使用しなかった新聞紙を器用に使い、四散した破片をかき集めてゴミ箱に放ろうとした。
「そんなところに捨てるなバカハボックーーーっ!!」
 ロイがホークアイの背後から叫び、ハボックはトイレに流すべくトボトボと廊下を歩いていった。
 ホークアイに先をこされ、ロイにバカ呼ばわりされたことに哀愁を漂わせながら……。



2005/02/26
初めての鋼小説がこれでいいのでしょうか…。別名“バラバラ殺ゴキ事件”。裏お題で“ハボックに「イエス、マム」といわせる。(笑)

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