鋼の錬金術師

Greedy Life 7


 ロイの寝起きの悪さは本人も自覚している。
 自分はいつから起きていたのだろうとぼんやりとした頭で考える。
 ただ一つ確かなことは、短くはない間グリードと見詰め合っていたということ。
 何も言わず楽しそうにロイを眺めていたグリードは、ロイの首筋に指を這わす。
 つい数時間前につけた、朱色の印。
 点と点を繋ぐようになぞれば、その熱を思い出すかのように喉がひくりと震えた。

「無断外泊なんかして、一緒に来てるっていう部下に怒られるんじゃねぇの?」
「…うるさい。」

 顔が、朱に染まる。
 そんな色気のない言葉を交わしながら、グリードは可愛げのなく愛しいロイの両頬を摘んで引っ張った。


 慣れないソファで眠ったせいで身体の節々が変に痛む。
 気だるい身体を叱咤して、シャワーを浴びる。
 着替えなどあるはずもなく、不承不承に先程脱いだ服を再び身に付けた。
 それでなくとも汗やその他諸々落とせるのは有難い。

「強欲の、今何時だ?」
 時計どころか窓さえない部屋の主に訊ねれば、
「あー…早ぇ年寄りなら起き出す時間じゃねーの?」
 かなりアバウトな答えが返ってくる。
「帰るのか?」
「ああ…。」
「んじゃ、送ってくとするか。」
 “貸し”も“借り”もなく交わされる、そんな会話。

 二人が一夜を過ごした部屋は地下にあり、階上の酒場ではまだ大勢が寝息を立てている。
「おや、どちらへ?」
 邪魔な酔っ払いを脇にどけていたロアが訊ねてきた。
 ロイを送ってくる旨を伝えると、言葉少なに送り出される。
 ロアが作った道を通って外に出ると、空は僅かに明らんでいた。
 辺りは静まり返っているが、早い家からは雨戸を開ける音が聞こえてくる。
 清々しいかと思いきや、脈絡もなく道端に酔っ払いが眠りこけていたりした。
 今までに何度か行き来し、見慣れてきた道を並んで歩く。
 以前のような微妙な距離は無く。二言三言会話を交わしながら、自然と肩を並べていた。

「すまねーな。こんな時間になっちまって。」
 もうじきホテルに着こうかという時、妙に殊勝な顔で話しかけられる。
「いや…押しかけたのは私の方だし…。」
 しどろもどろに答えるロイを、グリードはおもむろに抱き留めた。
「ん…っ」
 そのまま口付けられる。身動きの取れないロイの腕は、無意識にグリードの背に回された。
 何もかもを掴み取ろうというような大きな手が、ロイの髪をかき回す。
 前にされた時以上に深く啄ばまれ、巧みに歯列を割って舌を絡め取られた。
「――先に求めたのは、俺の方だけどな。」
 ようやく一息ついて息を荒らげ、濡れて光る唇を親指で拭った。
 うっそりとして頬を染めるロイの額に軽く口付ける。

「またな。」
 いつもの軽い調子で言い残して、ふらりと帰っていく。
 その後姿に、ロイは微笑みかけた。


* * *


 早朝、ハボックはロイの部屋の前にいた。
 このドアを開けばロイはまだ夢の中で、それを自分がベッドから引き摺り下ろすことになる。
 そんないつも通りの光景が広がることを、信じて。

 数回扉をノックし、小気味の良い音が響く。
「大佐、入りますよ。」
 ノックはするが、そんな些細な音で起きるようなロイではない。
 合鍵で扉を開くと、ハボックの思惑は別の意味で砕かれた。

「ああ、おはようハボック。」

 群青の軍服に身を包んだロイが、ベッドの前に立っていた。
「…はよっス…。珍しいっスね。もう起きてるし、着替えまで済んでるし…。」
「む…私だってたまにはだな…。」
 目を丸くするハボックに、ロイはむくれてみせる。

 ハボックは少し考えて、意を決したように真顔になった。
「大佐、昨日俺――“デビルズネスト”って店行ったんすよ。」
 正確には“店の前まで”だが、その一言に昨日の行動がバレていたことを知る。
 視線で話の続きを促した。
「今こうしているってことは、何もされてないってことでいいんスよね?」
「……お前がどの程度のことを知っているか分からないが、何も心配することなどない。」
 ハボックの言葉に、ロイは数瞬思案してから答え、背の高いハボックを見上げる。
 そのせいで厚い軍服と白いシャツから覗く、紅。

「…襟元、見えてますよ。」
「……ッ!!」

 小さな痕でも、色白なロイの場合余計に目立つ。溜息を吐いて指摘すると、慌てて首を手で覆った。
 同時に、ハボックの顔つきが険しくなる。
「“それ”は、強要されたんスか…?」
「違う。」
 即答。
 あまりにもきっぱりと言い捨てられ、ハボックの気勢が削がれる。
「…本当に?」
「ああ。強要されたわけではない。」
 ハボックの目を真っ直ぐに見据える闇色の瞳に嘘偽りの色はなく。
 相手を言いくるめてかわすのが得意なロイが、それをしない。
 詰めていた息を、全部吐き出した。

「…娘を手放す親の気持ちって、こんな感じなんスかね中佐…。」
「は?」
 ハボックのどうでもいい呟きはロイに聞こえておらず。
「グリード、でしたっけ?もう一度聞きますけど、そいつはアンタに危害を加えるような奴ではないと?」
 神妙に頷いてみせるロイに、ハボックは苦笑いを零す。
「んじゃ、これだけは約束っスよ。“外出するときは無断で行かない。”これだけはゼッタイ頼みますよ。」
 むしろそれが普通だとも思うが。
 それだけ言って煙草を取り出すハボックに、ロイは目を丸くした。
「…いいのか?」
 てっきり反対されると思っていたから。
「そりゃ、アンタのことは心配ですけど、あそこにいるのも悪いヤツばっかじゃないってのは調査済みっス。」
 マッチで火を点け、煙を吸い込む。
 ライター派のハボックだが、マッチも悪くないと場違いなことを思う。

「…有難う、ハボック…。」
「はいはい。今日はいつも以上に襟元締めてくださいよ。」
 言い難そうに礼を述べるロイにハボックは笑いかける。
 珍しく発せられたハボックの揶揄に反論しようとするも、言葉が見つからずに口をぱくぱくさせる。
 誤魔化すように鏡を見に洗面台へ走っていった。


 朝から会議。
 ヤケ酒の飲み甲斐がありそうな気がした。



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2005/10/01
長々と続いた「Greedy Life」完結です。保護者から交際許可が下りました。通い妻なロイ(笑)
末永く幸せに…はなれない運命ですね…。切ないなぁ…。

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