ロイの寝起きの悪さは本人も自覚している。
自分はいつから起きていたのだろうとぼんやりとした頭で考える。
ただ一つ確かなことは、短くはない間グリードと見詰め合っていたということ。
何も言わず楽しそうにロイを眺めていたグリードは、ロイの首筋に指を這わす。
つい数時間前につけた、朱色の印。
点と点を繋ぐようになぞれば、その熱を思い出すかのように喉がひくりと震えた。
「無断外泊なんかして、一緒に来てるっていう部下に怒られるんじゃねぇの?」
「…うるさい。」
顔が、朱に染まる。
そんな色気のない言葉を交わしながら、グリードは可愛げのなく愛しいロイの両頬を摘んで引っ張った。
慣れないソファで眠ったせいで身体の節々が変に痛む。
気だるい身体を叱咤して、シャワーを浴びる。
着替えなどあるはずもなく、不承不承に先程脱いだ服を再び身に付けた。
それでなくとも汗やその他諸々落とせるのは有難い。
「強欲の、今何時だ?」
時計どころか窓さえない部屋の主に訊ねれば、
「あー…早ぇ年寄りなら起き出す時間じゃねーの?」
かなりアバウトな答えが返ってくる。
「帰るのか?」
「ああ…。」
「んじゃ、送ってくとするか。」
“貸し”も“借り”もなく交わされる、そんな会話。
二人が一夜を過ごした部屋は地下にあり、階上の酒場ではまだ大勢が寝息を立てている。
「おや、どちらへ?」
邪魔な酔っ払いを脇にどけていたロアが訊ねてきた。
ロイを送ってくる旨を伝えると、言葉少なに送り出される。
ロアが作った道を通って外に出ると、空は僅かに明らんでいた。
辺りは静まり返っているが、早い家からは雨戸を開ける音が聞こえてくる。
清々しいかと思いきや、脈絡もなく道端に酔っ払いが眠りこけていたりした。
今までに何度か行き来し、見慣れてきた道を並んで歩く。
以前のような微妙な距離は無く。二言三言会話を交わしながら、自然と肩を並べていた。
「すまねーな。こんな時間になっちまって。」
もうじきホテルに着こうかという時、妙に殊勝な顔で話しかけられる。
「いや…押しかけたのは私の方だし…。」
しどろもどろに答えるロイを、グリードはおもむろに抱き留めた。
「ん…っ」
そのまま口付けられる。身動きの取れないロイの腕は、無意識にグリードの背に回された。
何もかもを掴み取ろうというような大きな手が、ロイの髪をかき回す。
前にされた時以上に深く啄ばまれ、巧みに歯列を割って舌を絡め取られた。
「――先に求めたのは、俺の方だけどな。」
ようやく一息ついて息を荒らげ、濡れて光る唇を親指で拭った。
うっそりとして頬を染めるロイの額に軽く口付ける。
「またな。」
いつもの軽い調子で言い残して、ふらりと帰っていく。
その後姿に、ロイは微笑みかけた。
* * *
早朝、ハボックはロイの部屋の前にいた。
このドアを開けばロイはまだ夢の中で、それを自分がベッドから引き摺り下ろすことになる。
そんないつも通りの光景が広がることを、信じて。
数回扉をノックし、小気味の良い音が響く。
「大佐、入りますよ。」
ノックはするが、そんな些細な音で起きるようなロイではない。
合鍵で扉を開くと、ハボックの思惑は別の意味で砕かれた。
「ああ、おはようハボック。」
群青の軍服に身を包んだロイが、ベッドの前に立っていた。
「…はよっス…。珍しいっスね。もう起きてるし、着替えまで済んでるし…。」
「む…私だってたまにはだな…。」
目を丸くするハボックに、ロイはむくれてみせる。
ハボックは少し考えて、意を決したように真顔になった。
「大佐、昨日俺――“デビルズネスト”って店行ったんすよ。」
正確には“店の前まで”だが、その一言に昨日の行動がバレていたことを知る。
視線で話の続きを促した。
「今こうしているってことは、何もされてないってことでいいんスよね?」
「……お前がどの程度のことを知っているか分からないが、何も心配することなどない。」
ハボックの言葉に、ロイは数瞬思案してから答え、背の高いハボックを見上げる。
そのせいで厚い軍服と白いシャツから覗く、紅。
「…襟元、見えてますよ。」
「……ッ!!」
小さな痕でも、色白なロイの場合余計に目立つ。溜息を吐いて指摘すると、慌てて首を手で覆った。
同時に、ハボックの顔つきが険しくなる。
「“それ”は、強要されたんスか…?」
「違う。」
即答。
あまりにもきっぱりと言い捨てられ、ハボックの気勢が削がれる。
「…本当に?」
「ああ。強要されたわけではない。」
ハボックの目を真っ直ぐに見据える闇色の瞳に嘘偽りの色はなく。
相手を言いくるめてかわすのが得意なロイが、それをしない。
詰めていた息を、全部吐き出した。
「…娘を手放す親の気持ちって、こんな感じなんスかね中佐…。」
「は?」
ハボックのどうでもいい呟きはロイに聞こえておらず。
「グリード、でしたっけ?もう一度聞きますけど、そいつはアンタに危害を加えるような奴ではないと?」
神妙に頷いてみせるロイに、ハボックは苦笑いを零す。
「んじゃ、これだけは約束っスよ。“外出するときは無断で行かない。”これだけはゼッタイ頼みますよ。」
むしろそれが普通だとも思うが。
それだけ言って煙草を取り出すハボックに、ロイは目を丸くした。
「…いいのか?」
てっきり反対されると思っていたから。
「そりゃ、アンタのことは心配ですけど、あそこにいるのも悪いヤツばっかじゃないってのは調査済みっス。」
マッチで火を点け、煙を吸い込む。
ライター派のハボックだが、マッチも悪くないと場違いなことを思う。
「…有難う、ハボック…。」
「はいはい。今日はいつも以上に襟元締めてくださいよ。」
言い難そうに礼を述べるロイにハボックは笑いかける。
珍しく発せられたハボックの揶揄に反論しようとするも、言葉が見つからずに口をぱくぱくさせる。
誤魔化すように鏡を見に洗面台へ走っていった。
朝から会議。
ヤケ酒の飲み甲斐がありそうな気がした。
2005/10/01
長々と続いた「Greedy Life」完結です。保護者から交際許可が下りました。通い妻なロイ(笑)
末永く幸せに…はなれない運命ですね…。切ないなぁ…。