――…と、ぼんやりとしている場合ではない!
グリードという通称らしい男が何者かは分からないが、あちらが勝とうが人数が減ればそれでよし。共倒れなら尚更良しといった状況だ。
だからと言ってこのまま何もしないでいるわけにもいかず。
――見張りの男が邪魔だな…。
内心舌打ちをする。
ロイを見張るだけでなく、さり気に周囲にも目を光らせている。
いくら軍や憲兵の目が届きにくい区域とはいえ、見つかれば面倒なこと必至だ。その点に抜かりはないようだった。
それでもどうにか隙を見て、一人でも人数を減らしておこうとするが…。
「ひゃ…っ!」
この喧騒に似つかわしくない、子供の悲鳴。
猫を抱いた女の子が立っている。
飼い猫が逃げ出したのを追ってきて迷い込んでしまったらしい。
怯えた目をして、猫をぎゅっと抱き締める。
「チッ…ガキはすっこんでやがれ!!」
それに気付くと、昂ぶっている男は子供にも見境無く拳を振り上げる。
女の子は衝撃を覚悟して咄嗟に目を硬く閉じたが、一向に来る気配はなく。
それを代わりに受けたのはロイだった。
「お兄…ちゃ…」
拳を受けて痛む腕を押さえ、女の子に問いかける。
「帰り道は分かるかい?」
頷きながらも心配そうな瞳を向けてくる少女に、ロイはそっと微笑みかけた。
「――行きなさい。」
数瞬逡巡しながらも駆け出す少女を見送って、ロイは男を睨みつけた。
「はーあ、お優しいことだな兄さん。ついさっきまで腰を抜かしてたクセによ。」
この一言に、ロイはついにキレた。
ドカン!!
突然の爆発音に、グリードは振り向いた。
見ると、タカリにあっていた青年がゆっくりと立ち上がるところで。
その傍らには先程までその青年を見張っていたと思しき男が転がっている。何故か所々焦げ、煙が上がっているところが気になるが。
「もう騒ぎになろうが事件になろうがバレようが…知ったことか…!」
漆黒の瞳で、真っ直ぐに男たちを射抜く。
「まとめて片付けてやる…!!」
純白に深紅の刺繍をあしらった手袋を、しっかりと嵌め直した。
――何ともまあ、軽快な戦闘スタイルだな。
サングラスのお陰で焔の放つ閃光も粉塵も物ともせず、グリードは彼の“戦闘”を余すところ無く見詰めた。
指先で焔を操る、恐らく…錬金術師。
知らず、口角が持ち上がるのを止められない。
サングラスの奥で煌いた瞳は、期待に細められた――。
「……ちと厄介だな…。」
グリードは誰に言うでもなく呟いた。
彼の“最強の盾”も炎の前では役に立たない。
焔を従えた青年は自分をカモにした男たちを征し、こちらへの警戒も怠らない。かなりの手練れのようだった。
ロイの背後に影が忍び寄る。
それに気付いたグリードは勝ち誇ったような笑みを深くする。
「!!」
ロイが気付いた時にはすでに遅く、後頭部に鈍痛を感じた。
崩れ落ちる身体。薄れ行く意識。
不思議と、不安は感じなかった――。
「ナイス、ドルチェット。」
グリードは親指を立てて部下のファインプレーを労う。
ロイを気絶させたのはグリードの忠犬、ドルチェットだった。
彼と一緒についてきたらしいロアは何故か押し黙ったままだ。
「騒がしいんで何かあったんじゃないかと来てみたんですが…。こいつ、どうします?」
自ら刀の柄で殴った青年を指差す。
このまま放っておけばまた新たなハイエナに狙われるか、目を覚ました男たちに何をされるか分かったものではない。
「……ロア、丁重に連れて来い。」
「…はっ」
短く答えて、その身体を軽々と担ぎ上げる。
相変わらず押し黙ったまま、その青年の顔を見詰めていた。
2005/08/17ようやく戦闘終了。でもまだ続きます。二人の仲に進展がなくて申し訳ない(笑)