鋼の錬金術師

Side : Lust


仮初めの恋人が、あんまりにも愛しげにあの焔の大佐のことを語るものだから
私も毒されてしまったかしら?
…でもねグリード
あなたが彼に惹かれた理由、私も分かる気がするわ



「会いたかったわジャン。またおもしろい話を聞かせてね。」
 焔の大佐の最も近くにいる人間の一人、ジャン・ハボック少尉。
 このいかにも口が軽そうな男なら、簡単に内情を喋ってくれるだろうと思ったけれど。
 天然なのかやり手なのか、お喋りが多い割りに肝心なことは何一つ漏らさない。
 近付くターゲットを間違えたかしらね。黒縁眼鏡の曹長さんの方が良かったかも知れない。

「それで、俺の上司がさ…」
 それでも、彼はよく“自分の上司”について語ったわ。
 それは熱心に。仕事の内容は伏せながらも、事細かに。


「いっつも仕事サボってばっかで…」
「…目を離すといつの間にか逃走しててさ…」
「…で、書類を押し付けてくるからたまったもんじゃないよ。」


 愚痴ばかりだけど、彼が焔の大佐のことを気に掛けているのが手に取るように分かった。


「…で、俺までお目付け役に叱られる羽目になるんだ。」
「…なのに最近ずっと泊り込みで根詰めてるもんだからさ…」
「身体壊さなきゃいいけどな…。」


 そう、まるで恋人のことを話すように、楽しそうな顔で、慈しむような顔で。


「そんなに迷惑をかける人が上司なんて大変ね。その人のどこがいいの?」
 本当は、こんな不毛な会話をしている場合ではないのだけど。
 私が何の気なしに訊ねたことに、彼は思案する素振りを見せ、しばらくしてとても穏やかに笑んだ。
「眼…かな。自分の進む道を信じて、強く前を見据える眼が。あの輝きが好きだな。」

『ええ、私もよ。』

 そう返しそうになって、自分で驚いた。
「それが見たいから、俺はあの人について行くのかもしれない。」
 慈しむよう、愛しむように。
 仮にも恋人の前で他人のことを語るとき、普通そんな表情をするものかしら。
 よく恋人に振られたとわめいていたけれど、あなたのそんな所に原因がある気がするわ。
 自分の好きな人が誰なのか、最も大切に想う人が誰なのか気付いていない。
 それは傍にいるが故なのか。
 気付けないのも、仕方ないことかもしれないけれど。
 女の目を甘く見ると痛い目にあうわよ、ジャン。


「ならば、死ぬまで殺すまでだ。」
 跪かされ、容赦なく焔を繰り出してくる。
 焔の錬金術師の名に相応しく、冷酷なまでに。
 命が、削られていく。
 知ってはいるけれど、ジャンが話した“無能な上司”の面影など微塵も感じられない。
 貴方に伸ばした指先の矛は、文字通り目の前で止まってしまった。

「完敗よ」

 砂時計のように、内側から砂が崩れていくような…。

 ――グリードは、どうだったのかしらね。

「くやしいけど、貴方みたいな男に殺られるのも悪くない」

 ねぇ、焔の大佐さん。
 グリードが言ってたわよ。


『地獄の業火はこれ程ヌルくは無えんだろうなあ!!!』


 だとしたら皮肉ね。
 私は死んだあと、もう一度焼かれるのかしら?

「その迷いの無い真っ直ぐな目、好きよ」



…そうね、グリード
もしも“あの世”というものがあって、あなたとまた話す機会があるのなら
強欲で全てを望んだあなたが、唯一を欲したの存在の
焔の大佐のことを語り合うのも…いいかもしれないわ



2006/03/12

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