薄暗い下水道にそぐわない、剣戟の音が響く。
というものの、実際に剣を握っているのはグリードの相手の男ただ一人だった。
蹴り飛ばされ、頭を打ち付けて一瞬目が眩むも、すぐに常態を取り戻す。
――何なんだよ、このおっさんは…。
口腔内の血を吐き出し、薄闇を睨んだ。
――キング・ブラッドレイ。…大総統だろ?
身を起こすと、暗闇からゆっくりと隻眼の男が姿を現す。
まるで、時間を与えるように。こちらの不利を嗤うように。
そんな男の左眼を、睨め付ける。
――この国一番のお偉いさんに、なんで俺と同じ印だあるんだよ。
ただの刺青だ、なんて言い訳など通じない、眼球のそれ。
紛う方なき、“兄弟”の証。
ブラッドレイの白刃が、煌めく。
それをすんでの所で硬化された手の平で受け止めた。
そのまま鍔迫り合いの格好にもつれ込む。
「ほう…まだそんなに元気があるのかね。」
髭の端で、嗤う。
初めに見た穏やかな雰囲気など微塵もない、冷酷な瞳。
そこに己と似た色を見出し、このような形で出逢ったことに自嘲した。
キング・ブラッドレイ。軍の最高責任者にして、この国のトップ。
そういえば、ロイと酒の肴にお互いに自分の野望を語ったことがあった。
不死身の肉体を手に入れてやると言ったら、耳に胼胝だとうんざりされた。
『じゃあ、お前は何かあるのか?』
そう聞くと、「あるにはある」といささか言いにくそうに答えた。
『“トップ”に、上り詰めること…だな。』
『上司を蹴落とす。ロイらしくて勇ましいことだな!』
その言葉の持つ意味を知らずに、酒も入っていてお互い馬鹿みたいに笑い合ったけれど。
漆黒の瞳に、焔が宿っていたのを覚えている。
「っは…、そういうことかよ。思ってた以上にでっけぇな…。」
競り合っていた剣を、渾身の力を込めて弾き返す。
ブラッドレイはその惰性に合わせて数歩退いた。
口の端にこびりついたままの血を手の甲で乱暴に拭い、問いかける。
「なぁ、おっさん。仮にも大総統なら“ロイ”って奴、知ってるか?」
“ロイ”という名称を聞いて、ブラッドレイの眉根にしわが寄った。
「君のような小悪党と焔の錬金術師に面識があるのかね?これは由々しき事態だ。」
「…焔、ねぇ。まんまじゃねーか単純なおっさんだな。」
散々刻まれた腹いせもこめて、悪態をつく。
しかし、ブラッドレイがどんな意味をこめて名付けたか知らないが、その実直な名称が彼らしいとも思う。
「彼は実に優秀な“狗”だ。軍への忠誠心も強く、その上賢い。」
彼に対し、高い評価と関心を示しているらしい。
そして、
「何より、牙や爪を懸命に隠している様など、可愛らしいことこの上ないよ。」
愛おしむように、深く皺の刻まれた口角を持ち上げる。
――何だよロイ。バレバレじゃねぇか。
何となく気が抜けて、心の中で苦笑してみせる。
「狗、ね。単純な上に悪趣味だな、おっさん。」
――あいつは、縛られることのない高貴な猫だからこそ、惹かれるんじゃねーか。
…まぁ、俺の前ではただのにゃんこだけどな。
どことなく黒猫を連想させる容姿を思い浮かべ、こんな時にのん気なもんだと他人事のように思う。
ブラッドレイが剣を構えなおしたのを目に留め、グリードは地を蹴った。
ここでブラッドレイを倒したら、ロイの野望も歩を進めることになるのかと。
場違いなことを考えた。
――くそったれ…。このおっさんは何度殺せば気が済むってんだ。
喉を突かれ、泡立った血液が口からあふれる。
じわじわと再生していく喉を尻目に、再生して間もない腕を切り落とされた。
――保ってくれよ俺の命。
自分の命と身体を叱咤する。
――この手でもう一度、あいつを抱き締めるまで――。
斬り飛ばされた左腕が、宙を舞ったのが見えた。
2005/10/30