永遠の命。
それに一歩近づけるかもしれない手掛り。
その鎧の、兄。
素直に取引に応じれば帰してやらないでもないというのに。
鋼の腕を刃に変えて、自分の身を危険に晒して。
弟を取り戻そうと立ち向かってきた。
「……おまえ、あれだな。」
――ムカつくな。
「自分が傷だらけになるのは平気だが…身内がちょっとでも傷付くのには耐えられなくて、冷静さを失う。」
――アイツに、似てる。
二言三言話す度に、最近会っていない彼の姿がダブる。
錬金術師。
勝気な瞳。
減らず口。
髪と瞳の色は似ても似つかないけれど。
「アイツも、ガキの頃はこんなんだったのかねぇ。」
「ハァ!?“アイツ”って誰のことだよ!」
いきり立って過敏な耳は、どうでもいい呟きまで聞き逃さない。
じりじりと、いつ斬りかかろうかタイミングを見計らっている。
子供だというのに、随分と場慣れしているのが分かった。
「ロイっていうな、お前にそっくりだけどお前よりはまだ雅馴な錬金術師がいるんだよ。」
言ったところで知らないだろうけど。
噛み付いてくるかと思ったら、金髪の少年は妙に驚いた間の抜けた顔をした。
――この豆粒クン、今なんて言った?
『何でてめぇみたいな悪党が、大佐の知り合いなんだよ!!』
排水が流れる音の中、靴音が余韻を残して反響する。
足元を横切るねずみ以外、生物の気配は感じられない。
「あのガキ…派手にやりやがって…。」
あれほどまでに頭の回る相手だとは思わなかった。
排気口から下水道へ逃れてきたものの、かなり面倒なことになったのは確かだった。
――“大佐”だって?
そんな状況でも、自分と対等に渡り合った鎧の兄の言葉が脳裏をよぎる。
――あの優男が? あの歳でか?
すぐさま、その思案は却下された。
容姿云々はもちろん、あの体格で軍人というのなら将校クラスと言われればむしろ納得がいく。
それにあの錬金術の腕。
割れたグラスを、簡単な図形を描いただけで直してみせたのを思い出す。
国家錬金術師だとしたら、若すぎる佐官の最上級位もなんら不自然なことはない。
ふと、数年前目に留めた新聞記事を思い出した。
それには、イシュヴァールで活躍した国家錬金術師について書かれていた。
「…そういえばその中に、ロイってのがいたような…。…マスタング…とか。」
――“ロイ・マスタング”…そうだ、確か
“焔の錬金術師”
初めて出逢ったあの時、彼の操る焔に、どうしようもなく魅せられた。
その錬金術で生み出された焔を、鮮明に覚えているはずなのに。
今更ながら、ロイのファミリーネームさえ知らなかった。
どうして、気付かなかったのか。
少し考えれば分かることだ。
“焔を操る錬金術師”。軍がそれほどの人材を放っておくはずがない。
それに世に数百人の国家錬金術師がいるとはいえ、焔の錬金術師といえばかなり名が通っている。
その程度のこと、何故思い至らなかったのか。
ふいに、足が止まる。
――…簡単なことだ。
「アイツが離れていくことが、我慢ならないから…だな。」
軍と自分が、相対する存在だと、知っているから。
もしかしたら元々軍にいた自分の部下たちは、彼のことを知っていたのかもしれない。
もしそうであったなら、いらぬ心配をかけただろうことは想像に難くない。
それでも彼らはロイを受け入れ、自分を見守ってくれていたのだろう。
それを思うと、柄にも無く照れくさくもあり、申し訳なくもある。
しかし、隠していたとしてもいつか互いの秘密は露呈しただろう。
もしそうなったとしたら、自分はどうしただろうか。
そしてロイは…どうするだろう――。
女々しい思考を打ち砕くように、思い切り壁を殴りつける。
欠けた土塊が、パラパラと足元に崩れてきた。
「――ヤキが回ったもんだな、俺も。」
そこまで彼に執着している自分を自覚し、嗤う。
生身で殴り、血が滲んだ拳は、見る見るうちに再生していった。
2005/10/23