鋼の錬金術師

一日大総統


 大総統。
 軍事国家であるアメストリス国において、軍の最高責任者であるその役職は事実上国のトップである。
「そうだな…とりあえず」
 彼はニヤリと笑って、一呼吸置いた。
「これを着てもらおうかな、マスタング大佐。」
 そう彼の手元にある箱を示され、ロイは憮然とした表情を隠すことなくニヤついた笑みを湛える少年を見据えていた。

 現在の大総統キング・ブラッドレイ(60)は、変わり者というかお祭り好きというか、当たり障りのない言い方をすれば型破りな人物である。
 その“型破り”な人物が考案した娯楽が“一日大総統”だった。
 軍人・軍属を問わず、軍に名を置く者からブラッドレイが阿弥陀クジでてきとう…もといランダムに選んだ者に“一日大総統”の称号を与え、それによって巻き起こる珍事を影から眺めてほくそ笑みながら暇潰…(以下自粛)…という、つまり“一日駅長”のようなノリの行事である。

 そして今回選ばれたのが“鋼の錬金術師”という二つ名をもつ、エドワード・エルリックだった。
「返事はどうしたんだよ、大佐?一応オレ大総統なんだけど。」
「……Yes,sir…。」
 明らかに怒りを押し殺した様子で箱を受け取り、それでも模範的な敬礼をした。
 エドワードが持ち込むものなど、ろくなものは無い。

 ――一体、何を着ろというのだ…?

 お約束通り(?)ミニスカートの制服だろうか、などと考えながら恐る恐る箱を開ける。
 初め目に飛び込んできたのは、軍服の青い生地の色……ではなく。
 “3年2組 増田”
 …と大きく書かれた文字だった。

「………。」
 ロイは何も言わずにそのシャツを手に取ってみる。吸水性の良さそうな素材で、運動時着用するのによさそうだ。
 そして胸のど真ん中に例の文字が書かれた名札が縫い付けてある。
 嫌な予感がして、箱の底に残っている物体に目を移す。ロイの眉間にあからさまな皺が寄った。
「…鋼の。」
「大総統だってば。」
「……エドワード・エルリック一日大総統閣下。」
 “一日”を強調した言い方に、エドワードは面白くなさそうに先を促す。
「私にこれを着ろと仰られるのですか?」
 丁寧な言葉のわりに、口調は辛辣だった。無表情を装っているはずが、心なしか引き攣って見える。
「そ。意外だろ?」
 得意気に言われ、ロイは思わず脱力する。
 箱の中に入っていたものといえば、学生が着るような体操着の上下。おまけに下は短パンどころかブルマーで…。
 これをいい歳した29の男が着るのは犯罪というものだろう。15歳の少年が三十路一歩手前の男に勧めるというのもどうかと思うが…。
「大丈夫、大佐なら似合うって!そうでなきゃ見たいとは思わねぇよ。」
 そんなことを言われても嬉しいわけがない。
 恨みがましそうに睨み付けるも、
「何?生着替えしてくれんの?サービスいいじゃん大佐ぁ」
ぬけぬけと言ってのける始末。この企画発案者が本物の大総統でなければ、とっくに指パッチンで消炭である。
 溜息を吐きたいのを精一杯の理性を動員して堪え、姿勢を正した。
「隣室をお借りしてもよろしいでしょうか、一日大総統閣下?」
「そうだよなぁ。お楽しみは後に取っておくのもいいよなぁ。」
 あっけらかんと言われ、脳内の毛細血管が切れる音が聞こえるような気がした。


 翌日、東方司令部の一角から火の手が上がって、エドワードが丸焦げで見つかり、ロイはエドワードとしばらく口を利かなかったという。



2005/03/01
なんだか微妙に中途半端…。その日二人に何があったのか書く勇気はありませんでした…。
本物のブラッドレイ大総統閣下はその日上機嫌だったらしいです。なにを見たんでしょうねぇ…。

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